日本の歴史明治明治維新

日本が近代国家になるきっかけとなった「富国強兵」とは?わかりやすく解説

明治の三大改革

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明治時代の日本ではこれまでの制度とは違う新しい制度を導入していき、日本を近代化していこうと考えていました。そしてその改革の中でも学制、税制、兵役制度は今後の日本を大きく変えていく重要なものとなっていくのです。

学制

政府がまず取り組んだのが学校の制度。学校での教育が日本の発展を推し進めていくと考えたのです。

そこで行われたのが学制。学制は1872年に発令された制度で国民全員が学校に通えるようにする法律でいまの義務教育の先駆けとなりました。

しかし、その内容は現在の日本の教育制度とはかなり違っており、日本中を学区と呼ばれるエリアに分けてその中に大学校、中学校ら小学校を設置することが決められました。

税制

教育制度を整えたら次は税の制度です。

税金は国家の運営に必要不可欠。だからこそ改革が必要だったのですね。

日本では飛鳥時代の大化の改新から明治時代まで取れた収穫高の一部を税として取り立てる年貢が一般的なものでした。

しかし、明治政府はこの制度を廃止にして農民が持っている土地の値段から地価というものを決めてそこから地租と呼ばれる税金を金銭で収める形に変更。いわゆる地租改正です。

明治政府はからしたら天候などによって不安定な年貢の制度ではここから行う近代化政策のスピードが落ちてしまうと考えており、国としては一定の税収が欲しいため土地を持っている人は土地にかかる税金をお金で支払いなさいという制度を打ちだしました。

お金で税金を支払ってくれれば豊作、凶作に関係なく一定の収入を得ることができ国を運営していくことができますよね。

兵制

ここまで紹介した学制と税制は富国強兵のいわゆる「富国」に関する改革でしたが、「強兵」にあたる改革が兵制の改革でした。

日本は島国ですが、いつ敵が攻めてくるかもしれません。そこで政府は軍隊の近代化を行なっていくことになるのです。

明治政府と旧幕府軍が争った戊辰戦争の時代には明治政府は政府の直属の軍である官軍や御親兵と呼ばれる軍隊が活躍しました。しかし、官軍は薩長土肥の軍隊をごっちゃにしたようなものであり、国民による軍隊でありませんでしたのです。

そこで長州藩出身の大村益次郎と山縣有朋薩摩藩出身の西郷従道などは早い時期から四民平等にもとづく国民皆兵の必要性を唱なえていくようになります。

これはこれまでずっと存在していた武士の存在を消滅されることでしたが、士族反乱を経て消滅。

ここから日本は一気に国民皆兵となりますが、政府は徴兵令を出す前に戸籍法を整備してその後に徴兵令が発令。広く国民から募って軍隊を作っていくようになったのです。

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