教養歴史

自由民主党ってどんな政党?主義や歴史をわかりやすく解説

戦後の日本の歴史を大きく動かしていくことになり、現在でも政権与党として政治を主導している自由民主党。 自由民主党は保守という考え方をもとにして戦後の日本の政治を動かしていきましたが、果たして自由民主党は何を目的として存在しているのでしょうか?今回はそんな自由民主党について主義や主張。そして歴史について見ていきたいとおもいます。

自由民主党の特徴

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自民党を見ていく上で重要なのが政党の方針や特徴を見ていくことです。まずは自民党が一体どんな政党なのかについて見ていきましょう。

とにかく長期政権

自民党は1955年の結成以来、野党になったのはわずか二回。ほとんどの期間基本的には政権を握っており、政策を動かしている立場となっているのです。つまり基本的には自民党が公約にしていることが基本的には日本国の生死にうまく反映されることが多いということであり、安定した政治を行うことができているというわけなんです。

しかし、このこともあって自民党内での汚職が蔓延したり、いわゆる強行採決という形で議席数をもとに強引に法案を通したりするなどそれに伴う弊害もあるのも事実ですね。

憲法改正こそ我が使命

自民党の第一の目的はみなさんご存知でしょうか?実は自民党が一番に目指しているのが安倍晋三が今一生懸命やっている憲法改正なんです。

それを表す証拠に建党した1955年に政策された「党の使命」ではGHQによってつくられた日本国憲法と戦後民主主義を日本の弱体化の一因”と指摘しており、日本国民の手で憲法改正することが自民党の悲願であり、日本の真の独立が行うことができると記されているのです。もちろん自民党内でも憲法改正に消極的な人はいるのですが、基本的に自民党という勢力は憲法改正に賛成の立場をとっているというのが実情なんです。

経済界から幅広い支持

政党というのは支持団体というのは非常に大事です。(例:公明党の創価学会や共産党の全国労働組合総連合など)基本的には支持母体に有利な法案を通す代わりに、選挙の時は基盤として頑張ってもらうというのがスタンダードなやり方となっています。

では自民党がどの支持母体に支えられているのかというと大企業。自民党は日本経済団体連合会という団体から非常に良い支持を得ているのです。その証拠に日本の法人税(会社にかかる税金)は基本的には下がりっぱなし。大企業が喜ぶような政治を行っているので日本経済団体連合会も支持しているのです。

他にも日本医師会やJAなど基盤となるようなところがたくさん。しかし、この支持団体のせいでほんの一握りの企業だけが得をするような税制度や仕組みが作られてしまうのではないかという懸念もあり、支持母体との付き合いも課題の一つとなっています。

自由民主党の政策

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自民党の日本の政策の軸は日米友好と自由主義経済。とにかくビジネスがしやすいような政治を行っていくのか自民党の第一の政策と言えるでしょう。自民党は基本的には関税を低く設定したり、海外とパートナーシップ協定を結んだりと自由貿易を基本的には行っているのが特徴。TPPも日本は参加していますしね。

やっぱりその裏にあるのが大企業の支持があり、それをもとにして政治を行っていこうというのがあると思います。

もう一つの日米友好は基本的にはアメリカが言っていることを追従するのが自民党のスタンスとして確立されています。そのため冷戦時代にはロシア(旧ソ連)と距離を取ったりしていました。現在ではいろんな国と関係を結んでいくようにしてきてアメリカに追従するだけではなくなっては来ていますが、これが続いているということで日本はアメリカの従属国だと批判されることもしばしばあります。

自由民主党の歴史

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ここまでは自由民主党の特徴について見ていきましたが、ここからは自由民主党がどのような歴史を歩んで行ったのかについて見ていきましょう。

保守合同による成立

自由民主党の源流ができたのは敗戦間もないころ。日本は1945年に敗戦してから日本の政党は離合集散するような状態になっていました。敗戦当初は貧困の拡大から革新政党の勢いがすさまじく、社会党の片山内閣が成立するほどだったとか。

しかし、これをマズいと思ったのが当時日本を間接統治していたアメリカ。アメリカは日本に革新政党が政権を握らせたくないとしてレッドパージを決行。社会党は分裂することになりました。

その後、日本では保守勢力が政権を握ることになりましたが、この当時の保守勢力は戦前の立憲政友会や立憲民政党の系譜を汲む複数の政党として再生されており、まだひとつにまとまっていない状態でした。社会党もこのころ右派と左派で分裂していたため、日本の政党は保守・革新両勢力ともに分立状態にあったのです。

しかし、これをマズいと思ったのか1955年に日本社会党が再統一。社会党の復活に危機感を覚えた保守勢力はこの当時の二大巨頭であり争いを繰り広げていた吉田茂と鳩山一郎の抗争は終焉。自由党と日本民主党が合併し、自由民主党が結成されたのです。

ちなみに、結成から3年後の1958年の第28回総選挙では自民党が298議席、社会党が167議席獲得し、両党で議席の99%以上を占めることに。これによって自由民主党の優勢ながらも革新勢力が野党第一党として位置する55年体制が成立したのでした。

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