日本の歴史江戸時代

江戸庶民たちの一大フェス!「お陰参り」って一体どんなこと?

「フェス」と聞くと、音楽フェスや野外フェスなど人がたくさん集まるイベントのことを想像してしまいがちですよね。いわゆるフェスティバルを省略した言い方なのですが、本来の意味は「祭典」や「お祭り」のことを指します。日本古来のイベントでいうと祇園祭や浅草三社祭などがそれに当たりますし、初詣も多くの人出で賑わいますから一種の宗教フェスといっても良いのかも知れませんね。さて今回のテーマ「お蔭参り」なのですが、これは江戸時代を通じて定期的に巻き起こった庶民たちの熱狂的なお伊勢参り熱のことです。なぜ人々はこぞって伊勢を目指したのか?そこに何があったのか?わかりやすく解説していきましょう。

江戸時代の庶民にとって、伊勢神宮はどんな場所だった?

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「お伊勢さん」と親しみを込めて呼ばれる伊勢神宮ですが、「お蔭(かげ)参り」「ええじゃないか」に代表されるように江戸時代から特別な場所でした。まずは簡単に伊勢神宮のあらましと、庶民にとっての伊勢神宮を解説していきますね。

伊勢神宮について

伊勢神宮は三重県伊勢市にあり、第11代垂仁天皇の頃に五十鈴川のほとりに宮が創建されました。今から約2千年前のことです。

皇室の祖先である天照大神をお祀りする内宮と、衣食住や産業の神様でもある豊受大御神をお祀りする下宮に分かれています。また別宮や摂社、末社や所管社など合わせて125もの宮社があり、それら全てを含めた上で伊勢神宮とされているのです。

創建されてからしばらくは天皇以外が捧げ物を供えることを禁じており、参拝すらできなかったそうで、まさに誰も立ち入ることができない聖域だったといえるでしょう。

しかし天皇に供奉した人々が都へ戻り、伊勢神宮のことが口伝えで広まっていくとともに、都人の間でようやくその存在が認知されるようになったそうです。

鎌倉時代の「勘仲記」の中では「参詣人幾千万なるを知らず」とあるため、参拝に多くの人々が訪れたという記録が残っていますね。

ちなみに平清盛や足利義満、織田信長など多くの歴史上の人物も伊勢神宮を訪れたそうで、足利義満に至っては生涯のうち11度も参拝にやってきたそうです。当時から貴賤問わず多くの人々に尊崇されていたことがわかります。

江戸時代、積極的な保護を受けた伊勢神宮

長く戦乱が続いた戦国時代、全国にある寺社の多くが荒廃し人々の心は荒んでいました。伊勢神宮も例に漏れず、神宮領を武士たちに横領されて財政的にも窮乏し、全国からのカンパで何とかやり繰りしていたそうです。20年に1度の式年遷宮ですら、費用が賄えないために仮宮を建ててしのいでいた時期がありました。

やがて徳川幕府が政権を掌握し平和な時代がやってくると、幕府は全面的に伊勢神宮の保護に乗り出します。神宮領は保護され、式年遷宮の費用は幕府が全額出し、山田奉行を置いて神宮の警護を務めました。

何よりも幕府は、伊勢神宮を庶民たちの心の拠りどころにしようとしていた節がありますね。江戸期は厳しい身分統制と社会制度の時代でしたから、庶民たちのガス抜きのために積極的に伊勢神宮を利用したのです。

農民たちの逃散や強訴を恐れ、人の移動を警戒していた幕府といえども民衆の参拝には非常に寛大で、お伊勢参りの他、善光寺参りや金毘羅参りへ行くと申告すれば、通行手形なしで関所を無条件で通過できました。来日していたドイツ人博物学者シーボルトも、伊勢参りへ向かう人々のあまりの多さに驚いたそうです。

江戸時代中期には伊勢神宮の檀家数は440万軒にものぼり、約2千万人以上の人々が信者になっていました。当時の日本の総人口が3千万人ですから、その割合は70%以上。驚くべきことでしょう。

伊勢神宮は感謝をあらわす場所

全国8万社の頂点にある伊勢神宮ですが、江戸時代の庶民にとってやはり特別な場所でした。願い事や祈願などは地元の神社で行いますが、お伊勢参りをするのはまた別の目的があったのです。

人々が願い事をすると、全国の神社を通じて伊勢神宮へ願い事が集まってきます。そして願い事が叶った時にお伊勢参りをするわけですね。「おかげさまで願いが叶いました。」と感謝を述べに伊勢神宮へ参拝するわけです。いわばお礼参りという意味があるのですね。

また多くの人々が伊勢神宮へ参拝することで、様々な人の交わりがあります。「お蔭参り」「蔭」という意味は「他人の助け」「人様のおかげ」ということを表しますね。旅先で地元の方の助けを得ることで「地元の方のおかげ」ということになりますし、地元にしても旅人が飲食や宿泊などでお金を落としてくれますから「参拝客のおかげ」となるわけです。

こうした他人を思いやる「おかげの精神」の連鎖が報恩感謝ということに繋がり、人が生きていく上での美徳とされました。ですから伊勢神宮は何かをお願いする場所ではなく、正しい人の生き方を再認識できる場所だったのではないでしょうか。

ですから今でも伊勢神宮にはおみくじは存在しません。個人的なことをお願いする場所ではありませんし、吉凶を占う場所でもないからです。

庶民を熱狂させた「お蔭参り」とは?

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「お伊勢参り」「お蔭参り」ともに伊勢神宮参拝を表す言葉なのですが、お伊勢参りが恒常的な参拝を指すのに対し、お蔭参りは60年を一つの区切りとして、数百万もの人々がどっと押し寄せた現象のことをいいます。お蔭参りがどのようなものだったのか?解説していきましょう。

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明石則実