大御所制度
院政の幕府版と呼ばれる制度が大御所と呼ばれる制度でした。大御所とは将軍職を辞任した人に付けられる名称ですが、幕府の中でも大御所として政治に関与することがあったのです。その一つの例が徳川家康。徳川家康はわずか2年で将軍職を辞任するのですが、家康は1616年に亡くなるまで幕府の重鎮として政治に関与していました。
このように院政のような政治システムはいつの時代も存在していたのです。
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院政は日本の政治の中心となった
院政はほんの短い間の政治でしたが、この政治体制は武士の時代の原点となったり、天皇による政治の過渡期となりました。
院政はまさしく日本の歴史の転機点となったのです。