ヨーロッパの歴史

かつてのバルカン半島が「ヨーロッパの火薬庫」と言われた理由をわかりやすく解説

バルカン諸国は現代でもヨーロッパの火薬庫

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バルカン半島の民族問題は、第一次世界大戦でも完全には解決しませんでした。しかも、第二次世界大戦後に、ギリシャを除く大半のバルカン半島の国がソ連の支配下に入ったのです。また、第二次世界大戦の英雄であったチトー大統領の元で、セルビアなどはユーゴスラビアとして統一されました。しかし、ソ連が東西冷戦の終結とともに崩壊した結果、バルカン諸国は再び実質的な独立をして、EUに加盟する国も多くなったのです。

しかし、ユーゴスラビアなどは、民族の対立、宗教上の対立から、再び激しい内戦が勃発し、多くの犠牲者が出ました。ようやく、各民族、宗教単位に分割がおこなわれ、現状は落ち着いていますが、複雑に入り組んだバルカン半島は今も何かあれば対立する可能性を秘めているのです。

その例がヨーロッパに近づいたウクライナで、ロシアとヨーロッパとの火種になっています。

ヨーロッパの火薬庫は世界戦争につながる

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バルカン半島が、ヨーロッパの火薬庫と呼ばれたのは100年も前のことですが、今でもロシアとヨーロッパの綱引きは続いています。そこに今ではNATOを通じてアメリカの介入もおこなわれるようになっているのです。

バルカン半島は、ヨーロッパの火薬庫であるだけでなく、今では世界の火薬庫になっています。今では、ヨーロッパの火薬庫として意識されているのはバルカン諸国の一部でもあるウクライナですが、バルカン戦争のように火を噴かないか見ていく必要がありそうですね。

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