日本の歴史昭和

昭和ってどんな時代?~キーワードは歌謡曲~

昭和50年頃から昭和60年頃まで~経済安定成長期の流行歌~

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昭和48年のオイルショックを境にして日本の経済成長はマイナスに転じ、その後は公共設備投資やインフラ整備などを基礎とした安定成長期を迎えます。この頃はまだ円安ドル高で、日本の輸出業も好調な時期でした。

未だに破られていないヒットソングの金字塔【およげ!たいやきくん】

子供向け番組の草分け的存在「ひらけ!ポンキッキ」。昭和生まれの方ならもちろんご存知でしょう。社会や経済が安定し、人々の生活が豊かになると、情操教育の観点から続々と子供向けの番組や書籍などのメディアが登場してきました。子供の教育の重要性が、この頃から高まり始めたのです。

そういった番組から生まれた【およげ!たいやきくん】大ヒットソングとなり、約450万枚という空前の売り上げは現在に至るまで破られていません。狭い世界から広い世界へ飛び出していくという内容が、会社に縛られる当時のサラリーマン層の共感をかき立てたこともヒットの要因だといわれていますね。

およげたいやきくん【子門真人】

洗練された大人の魅力が流行となる【ルビーの指環】

昭和50年代という時期は、アメリカの流行というものに非常に敏感な世代が文化を担っていたといえるでしょう。ある意味アメリカへの憧れというものがあったのかも知れません。現在と比べて洋楽を視聴する人も多く、日本にもたくさんの音楽のジャンルが入ってきたのもこの頃です。

現在も俳優として今なお活躍している寺尾の【ルビーの指環】も、そんな洋楽の影響を受けた一曲でした。アメリカ西海岸発祥のAORというジャンルに当てはまるのですが、目立たない曲調ながらも洗練されたメロディを持ち、なおかつカッコイイという感じで、多くの人々の支持を受けました。

寺尾聰 ルビーの指環

昭和60年頃から昭和64年まで~バブル景気真っ盛りの流行歌~

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日米間の貿易摩擦改善のために打ち出されたプラザ合意のあと、円高回避のために異次元の金融緩和が行われました。そのために地価や株価が軒並み上昇し、世にいうバブル景気が到来したのです。人々は好景気に熱狂し、物事に対して楽観的となりました。それとともに歌謡曲も見た目が華やかなアイドル全盛期を迎えたのでした。

バンドブームのさきがけ!【ジュリアに傷心】

バブル景気の到来は、国民にあらたな価値観をもたらしました。「価格が少々高くても価値のあるものなら買うべき」という風潮が蔓延し、DCブランドが飛ぶように売れ、高級料理や高級食材なども珍しくはなくなりました。そして本来の音楽性以外に、ファッションアイコンの存在としてアーティストたちにも注目が向けられるようになったのも、この頃からでした。

その代表となったのが、バンドでありながらファッションやビジュアルを重視したチェッカーズでした。それまでのバンドといえば、ちょっと野暮ったい骨太のイメージがありましたが、彼らは違いました。若い男性たちはこぞって彼らのファッションを参考にし、アイドル性も兼ね備えていたため、女性からも圧倒的支持を受けました。まさに性別問わず前世代から支持を受けるという画期的なバンドが登場したのです。

チェッカーズ 【ジュリアに傷心】

本格的な男性グループアイドルの登場【パラダイス銀河】

現在では当たり前のグループアイドルですが、昭和末期までのアイドルといえば【一人で歌うこと】が普通でした。実はバブル期という時代は、グループアイドル黎明期でもあったのです。女性グループでは【おニャン子クラブ】、そして男性グループでは【光GENJI】がともにヒットを飛ばし、バブル期の日本を彩ったのでした。

昭和62年にデビューした光GENJIは、その翌年に最大のヒット曲【パラダイス銀河】を発表。なんとこの年の年間ランキング上位3位までを独占しました。たった一人のアイドル歌手よりも、グループ内の複数メンバーにファンが付く方がコンサート動員数も売り上げも確保しやすい。そういった図式は現在まで受け継がれているのです。

1988 光GENJI パラダイス銀河

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明石則実