その他の国の歴史中東

3700年前でも色あせない正義「ハンムラビ法典」とは?どんなことが書かれている?

「強盗事件にまきこまれて、大事なモノを盗られました。わたしは悪くないのに、どうして盗られたモノは返ってこないの?」「地震のせいもあるけれど、建築基準に違反していて壊れた壁の下敷きになって死んだら、責任はだれにあるの?」こんなに便利で豊かな時代なのに、解決できない問題が世の中にはたくさんあります。これらの問題は果たして解決できないものなのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。現存する中で最古の部類に入るあの法典には、これらの解決法が書かれていたのですから。

3700年以上むかしにつくられたハンムラビ法典

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目には目を、歯には歯を」。多くの日本人に知られているこの言葉。ですがこれは、距離も時代も遠く離れた場所でつくられた石碑に刻まれた言葉です。石碑の名前は「ハンムラビ法典」。3700年以上も前に、今のイラクの地でつくられました。私たちがこの法典について学ぶことは「目には目を、歯には歯を」という復讐法の原則くらいです。これだけ聞くと、3700年前のメソポタミアを、自分の目をつぶされたら、法律によって相手の目をつぶすことができる、復讐に満ちあふれた恐ろしい社会だと思ってしまうかもしれません。しかし、それは誤解です。むしろ、今でも通じる社会の問題の解決策、さらには現代の政治が忘れてしまった、社会のあるべき姿さえも、そこには記されています。学校では習わないハンムラビ法典、3700年以上昔の王が大切にした「正義」の社会へ案内しましょう。

2つの大河にはさまれた土地で生まれた文明

現在のイラク南部、そこはもともと、草や木もない荒れ果てた地でした。建築に適した石もありません。しかし、2つの大きな川、チグリス川ユーフラテス川がありました。川は周囲の土地に養分をもたらして作物の実りを豊かにし、人間の生活を衛生的に保つのにも大きな役割を果たします。また、船を浮かべれば重い荷物も遠くまで運ぶことができました。

日本はまだ縄文時代、狩りや採集生活を営んでいた争いのない時代に、イラクではすでに、この2つの大河にはさまれた肥沃なメソポタミアの地をめぐり、様々な部族が戦いを繰り広げていました。そしてメソポタミアのいくつもの部族を統一し、巨大な帝国を築き上げたのが、古バビロニア王国のハンムラビ王です。王は、異なる部族からなる帝国をひとつにまとめあげるために、ハンムラビ法典をつくりました。

「法典」ではないハンムラビ法典

ハンムラビ「法典」という名前、これは正しくないのではないか、と考える研究者が多くいます。「法典」とは、一般的に、法律を組織的に集大成したもの。しかし、ハンムラビ法典は、すべての事例を取り扱っているわけではありません。殺人の罪を定めた条文が制定されていないなど、取り上げられていない事例も多く、「法典」と呼べるほどのものではないといいます。

法典でないなら、何なのかというと、「裁判にたずさわる者にとっての手引書、あるいはマニュアル」のようなもの、そういう理解がちょうどいいそうです。

3700年前の裁判の手引書であるハンムラビ法典には、今でも通じる社会の問題の解決策が記されている、と書きました。では、現代の日本で起きている事件を、ハンムラビ法典ではどのように解決するのか、実際にみていきましょう。

もしも建物の手抜き工事が発覚したら

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外国のニュースで、ずさんな工事のせいで建物が大崩壊、そんな映像を見ることがあります。日本には関係のない話…ではありません。日本の場合、崩壊とまではいかなくても、建築基準法に違反していたことが発覚したり、地震で倒壊した建物が、調べてみると手抜き工事だった、なんてことがあります。こうした手抜き工事による被害を受けたとき、責任は誰が、どのようにとるのでしょうか。

手抜き工事のせいで命が奪われた!~日本の場合~

災害の多い日本では、手抜き工事による建物の倒壊が命取りになってしまいます。その中には、ブロック塀の倒壊で小学生が命を落とす痛ましい事故もありました。原因を究明する調査委員会は、塀が倒壊した原因を手抜き工事だとしながらも、設計図がなく施工業者もすでに解散していたため聞き取りができず、市の責任についても明確にしませんでした。現代の日本においても、こうした事故が起きた際、安全管理の責任がどこにあるのか、はっきりしていないことが分かります。

手抜き工事のせいで命が奪われた!~ハンムラビ法典の場合~

もし、古バビロニア王国で、建物の手抜き工事が原因で命を落とした場合、どういう対応がとられるのでしょう。

「もし大工が人のために家を建てたが、彼が自分の仕事に万全を期さなかったので、彼の建てた家が倒壊し家の所有者を死なせたなら、その大工は殺されなければならない。」
「もし家の所有者の息子を死なせたなら、彼らはその大工の息子を殺さなければならない。」
「もし家の所有者の奴隷を死なせたなら、彼(大工)は同等の奴隷を(その)家の所有者に与えなければならない。」

ハンムラビ法典では、建物の手抜き工事が原因で事故が起きた場合、その責任を施工業者が負いました。しかも「目には目を」の復讐原則にのっとって、命を落とした人がいれば大工が殺されます。もし所有者の息子が亡くなれば、大工の息子を殺しましたし、奴隷が亡くなれば、新しい奴隷を与えることが決められていました。

責任の所在を明確に定めたハンムラビ法典

大工が命をもってつぐなうのは、命が犠牲になった場合の話で、もし手抜き工事が原因で家が倒壊すれば、大工は自分の財産で家を建て直すこと、家のモノが壊れたなら、大工が自分の財産で弁償することが決められていました。

ハンムラビ法典では、手抜き工事の責任はすべて、その建物をつくった大工に求められました。これは、製造物の欠陥によって被害が生じた場合、その責任は製造者が負う、という製造物責任の考えです。日本では1995年に、製造物責任法(PL法)として具体化されました。「大工やその息子を殺す」という単語をみると驚いてしまいますが、これは、人の生死に関係するものを作る職人に対して、仕事への責任を強く求めていた証でもあります。

ですが、日本のように施工業者が解散していたら、どう対応するのでしょうか。責任をどこが負うか、日本のようにうやむやになってしまうのか…。細かいことが書かれていないので、予想になってしまいますが、古バビロニア王国では、きっとあいまいなままには終わらないでしょう。なぜかというと、次に紹介するケースでは、犯人がつかまらない場合の責任の取り方まで、しっかりと定められているからです。

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