日本の歴史

「わび」「さび」とは何?大切にしていきたい日本独自の美意識

日本の文化風習や美意識を表す言葉の中には、言葉による説明が難しいものがたくさんあります。中でも特に難しいとされるのが「わび」「さび」の2語。この2つは別の意味を持つ単語ですが、近年では「わびさび」とつなげて一つの単語として使われることが多いようです。日本独特の美意識とも言われる「わび」「さび」には、どんな意味が込められているのでしょうか。

「わび」と「さび」:意味や歴史から2つの言葉の違いを探る

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「わび」も「さび」も、粗末で質素で静かな物悲しい状態、またはやや否定的な状態を表す言葉です。通常は「わびさび」と一つの単語のように扱いますが、本来は別々の単語で、ニュアンスも少し異なります。ではその違いとは……。それぞれどんな意味や由来があるのか、歴史も交えながらじっくり紐解いてまいります。

【わび】貧しさの中で心満たされる瞬間を見つける喜び

わび(侘び)という言葉には「貧粗(ひんそう)・不足の中に心の充足を見出そうとする意識」という意味があるのだそうです。

侘ぶの意味は、気落ちする、悲観する、嘆く、当惑する、落ちぶれる、貧しくなる、など、解釈は様々。ただ、物悲しいときに使う言葉であることには間違いないようです。

現代では「侘しい」という言葉がありますが、もともとは古文で使われる動詞「わぶ(侘ぶ)」からきています。「侘び」は「侘ぶ」の名詞形で、『万葉集』『伊勢物語』や『源氏物語』にも登場する、日本に古くからある表現です。

もともとはそのものずばり「心配事があったり落ち込んだりしてよくない心境・嫌な気分」を表すネガティブな言葉でした。しかし鎌倉~室町と時代が進むにつれて「貧しかったり気落ちしているときでも、それで満足する」という、一種の美意識のような感覚へと変化していったと考えられています。

わびとは、貧しかったり物が足りなかったり心にぽっかり穴があいたりして何かしら足りない状態でも、それでもう十分満足であるという、人の心の内面を表す言葉なのです。

【わび】簡素な道具で淹れた茶で豊かな時間を過ごす

わびという美意識は、室町時代後期、茶の湯の世界と結びついていきます。

お茶の文化は奈良時代から平安時代にかけて、唐(中国)から伝えられましたが、当時の日本ではそれほど流行りませんでした。お茶が日本でも広く栽培されるようになったのは鎌倉時代の頃と言われています。

室町時代に入ると、公家や身分の高い武士たちの間で茶会が流行りはじめました。日ごろのストレスを癒すために静かに一服、という武士もいましたが、流行したのは、お茶の飲み比べや銘柄あてをする闘茶(とうちゃ)といったゲームのようなもの。お金を賭けて闘茶に興じる人々が続出しました。

お茶はブームになりましたが、大勢で遊べるような広い茶室や、唐から輸入された立派な茶器を用いるなど、華やかで豪華なお茶会が日々催されていたようです。もちろん、楽しむためのものであって、作法も何もありません。

こんな風潮を刷新したのが、村田珠光(むらたじゅこう)という人です。狭くい茶室で、質素な茶碗で、華美に飾り立てることなく、必要最低限の道具だけを揃えた中で、身分の高い低い関係なく、静かに茶を楽しむ……。まさに「不足の美」。「わび」の世界観そのものだったのです。

【わび】千利休が極めた「侘び」の世界

村田珠光が開いたわび茶の世界は、珠光の弟子たちや武野紹鴎(たけのじょうおう)という茶人によって受け継がれていきました。もう、派手できらびやかなだけの茶道は流行りません。

このわび茶の世界を確立したのが、武野紹鴎の弟子だった千利休です。

利休は茶人であり商人であり、時の権力者豊臣秀吉に仕えた人物でもありました。秀吉は利休の茶道を自分自身の政治に取り入れ利用していきます。豪華でド派手なものが大好きで、金箔で茶室を作らせたり、一見、わびさびとは真逆の存在とも言える秀吉ですが、利休の茶道については高く評価していたのだそうです。

江戸、明治、大正とさらに時代が進んでも、利休がまとめあげたわびの世界観は受け継がれ、日本を代表する美意識ととなります。

粗末で何もない、足りない状態をむしろ楽しむ心……。それが、わびの世界の本質なのかもしれません。

【さび】朽ちて古くなったものの中にある味わい深さ

さびは「寂び」や「然び」という漢字を使います。

さび(寂び・然び)とは「長い年月が経って劣化し、朽ちて寂びれてしまった様子」という意味を持つ言葉。わびと同じように、もともとはあまりよい言葉ではありませんでした。

しかし、鎌倉や室町の頃になると、徐々に「古くなったものの中にある味わい」「閑寂の中に見られる奥深さ、穏やかさ、趣き」「古びたものの内面からにじみ出る豊かさ」に価値を見出すようになっていきます。

例えば、色あせて墨の色が薄くなった書物や、主を失って空き家となり屋根や壁が朽ちた古い家、あまり人が通らず苔がはえて物音一つしない庭、使い古され役目を終えた道具類など……。一見ゴミや廃屋にしか見えないようなものに趣や美しさを感じること。それが「さび」という言葉が持つ意味なのです。

「さび」は茶道や能楽とも深く結びついていきますが、特に重要視されていたのが俳諧の世界でした。松尾芭蕉が確立した蕉風俳諧では、言葉で飾り立てるのではなく、あくまで幽玄・閑寂(風情や趣を感じさせる、静かで落ち着いた雰囲気)であることが重要と言われています。

【わび・さび】古びた物の美しさ・それを美しいと思う心

何となくわかったようなわからないような……。日本の美意識は理解しにくいと、海外の人々は感じるかもしれません。日本人である私たちもしばしば、自分たちの文化風習をうまく言葉にできず窮することがあります。

わび・さびとは、論理的で合理的な現実主義(モダニズム)とは真逆の位置にあるものなのかもしれません。1000年以上もの歳月が、わび・さびという2つの言葉が持つ意味を少しずつ変化させ、ひとことでは説明し難い世界観を作り出していったと考えるべきでしょう。

わび・さびを比較しつつ言い表すと、以下のようになります。

「朽ちて古くなったものや質素なものに、味わい深さや趣を感じること」が「わび」

「時が経って朽ちて古くなって、味わい深くなること、そうなっている様子」が「さび」

「朽ちて古くなったものや質素なものに味わい深さや趣や美しさを感じる」が「わび・さび」

そして「言葉で合理的な説明をするより、実物を見たりその場に立ったりして五感で感じとるもの」

「わび」「さび」とはそういうものなのでしょう。

「わび」「さび」を感じることができるおすすめスポット

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言葉で言い表すのが難しい「わび」「さび」ですが、目で見て耳で聞いて感じ取ることができるスポットは、日本全国にたくさんあります。外国の人に「わび」「さび」の意味を言葉で説明するより、こうした場所に連れていって実際に感じ取ってもらうほうがよいかもしれません。心穏やかに静かに「わび」「さび」を体感できるおすすめスポット、数ある中から厳選してご紹介します。

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