人類が起こした悲劇を伝える「負の世界遺産」とは?忘れてはいけない8つの遺産を紹介
#5 ゴレ島
TSGT JUSTIN D. PYLE, USAF – www.defenseimagery.mil, パブリック・ドメイン, リンクによる
1978年に世界遺産に登録された「ゴレ島」は、アフリカ大陸最西端にあるセネガルの首都ダカール沖合に浮かぶ小島です。東西300メートル、南北900メートルに過ぎない面積ですが、かつてこの島は奴隷貿易の拠点として栄えた場所でした。
1444年にポルトガル人が島に到達して以来、オランダ・イギリス・フランスといった国々が領有権を争ってきました。最終的にはフランスの植民地となるわけですが、奴隷交易が盛んだった時代、この島を中心として黒人奴隷たちが新大陸へ運ばれていきました。1814年に奴隷貿易が廃止されるまで、その数は1500万人に及んだとされています。
ゴレ島は徐々に衰退していき、交易の中心はダカールなどへ移っていきますが、1960年のセネガル独立後は観光地として人気のあるスポットとなっていますね。
島内には、奴隷たちを出荷するまで収容していた「奴隷の家」や、奴隷たちを船へ送り出した「帰らざる扉」といった史跡があり、その島が美しい空や海に囲まれているのと対照的に、絶望の島だったことを思い起こさせてくれます。
負の世界遺産~人種差別~
自らの優位性を誇示するために、異民族や異人種を迫害する行いを「人種差別」と呼びます。極度にエスカレートすれば「ジェノサイド」や「ホロコースト」といった過激な行動を示すようになるわけですが、人種の違いだけでなぜ人類はこうも残酷になれるのか?過去の歴史をひも解けば、多くの悲しい歴史が現れてきますね。このカテゴリーでは3つの世界遺産をご紹介したいと思います。
#6 アウシュヴィッツ=ビルケナウ ナチス・ドイツの強制絶滅収容所
1932年にドイツの政権を掌握したヒトラーは、第一次世界大戦の敗戦と、世界恐慌に喘ぐドイツ国民に対し「反ユダヤ主義」を掲げました。現在置かれているドイツの苦境は、ユダヤ人が社会を牛耳り、富を搾取しているためだと訴えたのです。
国家が主導するユダヤ人迫害政策が取られ、敵視する目標を得た大衆たちはこぞってその動きに乗りました。やがて迫害政策は人種隔離政策へと姿を変え、ドイツ国内だけでなくヨーロッパ各地に強制収容所が設立されていきました。
1940年、ポーランドに開設した「アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所」もその一つで、年を追うごとにその規模は拡張されていったといいます。過酷な労働環境、劣悪な衛生状態、絶対的に不足した栄養状態だけでなく、ガス室などを利用した恣意的で計画的な殺人によって多くの収容者が亡くなりました。犠牲者数の総計は100万人を超えるとされており、まさにホロコーストの代名詞となった場所だったのです。
「アンネの日記」の作者アンネ・フランクもこのアウシュビッツに収容されていたといいます。
2015年2月27日、この強制収容所が解放されてからちょうど70年となり、収容所跡地で追悼の式典が開かれ、幸運にも生き延びた人たちが、悲劇を次の世代に伝えていく重要性を訴えました。
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