世界一有名な不倫小説「ボヴァリー夫人」写実主義作家フローベールの真のすごさって?
【あらすじ】ボヴァリー夫人ってどんな話?
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よく題名は聞くものの「不倫の話?」くらいしか……そんなあなたに「ボヴァリー夫人」のあらすじをまずはご紹介。歴史に燦然と輝く写実主義小説、ここに描かれるのはひょっとしたら、平凡な光景。しかしエマの姿、そして彼女の周囲の人びとの有り様、すべてが絡みあい、思わず魅入ってしまうドラマが構築されているのです。あなたを「ボヴァリー夫人」の世界へご案内。
平凡すぎる夫シャルル・ボヴァリー、恋にあこがれるエマ・ボヴァリー夫人
ボヴァリー夫人 (新潮文庫)
Amazonで見る物語はシャルル・ボヴァリーの半生の紹介ではじまります。平凡な努力家として平凡な医師となった彼は、田舎町トストで開業。最初の妻は未亡人で嫉妬深く彼もうんざりでしたが、亡くなります。シャルルは猛烈な恋をして求婚した2番目の妻エマにべた惚れ。この美しく小説好き、妄想好きの夢見がちな若い人妻が、エマ・ボヴァリー夫人としてこの小説のドラマの中心となります。ボヴァリー夫人は考えます「結婚したらちゃんと、ときめきと恋があるはず!」と。
修道院で教育を受けたエマは小説大好きの……と言うとやわらかいですが、彼女は求めるのです「小説のような恋をしたい!」と。貴公子が愛をささやき、ロマンティックな風景、貴族的な豪華な家や部屋でのおしゃれ生活。現代で言うなら「転校初日に壁ドンしてくる男子」とか「平凡な女子を略奪しあうイケメン男子との三角関係」な少女漫画展開を本気で夢見るレベルの妄想女子。
しかしシャルルは平凡でやさしいだけの男。「平凡」であることは彼女にとってすさまじい嫌悪感を抱く要素でした。ロマンティックを果てしなく求める彼女はある日、貴族の家の舞踏会に招かれます。きらやかな世界に魅了されるエマ。そして現実の生活との落差……彼女は絶望してノイローゼに。そこで夫婦はヨンヴィル・ラベー村に移り住むのです。
満たされない欲望、夢見る魂、運命の男たち
エマにとって2人目の運命の男があらわれます。ヨンヴィルに移ってから出会った、若く美しい青年公証人書記レオン。内気で引っ込み思案の青年を、美しい人妻として彼女は翻弄します。向こうから告白させるのが恋!とばかりに思わせぶりに終始した恋愛が、プラトニックに終わった直後……彼女は3人目の運命の人、プレイボーイ・ロドルフォに出逢います。
ボヴァリー夫人はなかなかイイ味をしていそうだ……ロドルフォは恋に恋する彼女を難なく口説き落とし、二人は関係を結ぶのです。しかしエマは小説の妄想に生きる女。ここでの重い「こじらせ女子」ぶりは見ものですよ。ロドルフォはある判断を下すのですが……。
欲求不満のはけ口を失ったかに見えたエマでしたが、彼女をまた別の運命が迎えるのです。いっときだけ叶えられる夢、偽りにみちた生活、そして……。ある日彼女を襲った、怒涛のごとき借金の取り立て。エマはどうするのか?地に足のつかない恋に恋する女がたどり着く行き先は。
傑作「ボヴァリー夫人」はいかにして生まれたか
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「ボヴァリー夫人」が書かれたのは19世紀前半。4年半の歳月をかけて完成した本作のスゴさの正体とは?本作はそれまでの文学において難しかった「ありのままの生活を緻密に描く」そして「作者の主観が入らない徹底した客観的三人称視点」を成立させた、歴史を変えた1冊にふさわしい作品です。作者フローベールや、書かれた時代背景について解説してまいりますね!
作者ギュスターヴ・フローベールと彼が生きた時代
By ナダール – Bibliothek des allgemeinen und praktischen Wissens. Bd. 5 (1905), Französische Literaturgeschichte, Seite 71. Scan by User:Gabor, パブリック・ドメイン, Link
「ボヴァリー夫人」の作者フローベールについて追っていきましょう。1821年生まれ、フランスに誕生したギュスターヴ・フローベール。当初法律を学んだフローベールでしたが、9才から物語を作っていた彼は文学に人生の舵を切ります。当時流行っていたロマン主義的な作風を愛好した彼でしたが、友人らから「こういうの(ロマン主義な熱狂的・大げさな書き方)お前向いてないよ」と酷評され凹むことに。ここから彼の作家人生は転回します。写実主義小説「ボヴァリー夫人」は4年半の歳月をかけて書き上げられました。
近代小説は17世紀のセルバンテス「ドン・キホーテ」で誕生。その後古典主義、ロマン主義と移り変わる文学シーンにて、視点・語り手は主に作者でした。あっちこっちに口を出しては小説をコントロールする手法が主。この万能の神ヅラした小説の視点をフローベールは大嫌悪。彼は文学史の革命となる「精緻な客観的視点」を「ボヴァリー夫人」で成立させたのでした。
画家のクールベのよってレアリスム宣言がなされて、芸術の諸分野で本格的に写実主義が隆盛となるのは1855年ごろ。「ボヴァリー夫人」が雑誌に初出したのはそのまっただ中、1856年の文壇の話題をかっさらいました。
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「ボヴァリー夫人は私なのです」
「不倫?浮気?なにそれけしからん!」と顔を真赤にしたのは当局の人たちです。風紀紊乱(ふうきびんらん)罪でフローベールは告訴されます。結果は無実。その裁判沙汰で話題をかっさらった本著は大ベストセラー!「リアリズムの父」となったフローベール。イギリスの文豪サマセット・モームは「ボヴァリー夫人」を世界十大小説の1つと絶賛しているほどです。
フローベールは「ボヴァリー夫人は私なのです」という一言を残しています。エマ・ボヴァリーは小説大好きのロマンチスト、空想の世界に生き、現在の世界に退屈する女性。彼女が愛好するのは騎士道物語やロマン主義の抒情的で、そしてちょっと大げさな世界。フローベール本人も現実から離れた世界の空想が止まらず、物語に仕立て上げた、ある意味現実を否定して逃避しがたった人間と言えるのかもしれません。そう、エマのように。
ちなみにフローベールはリアリズムの父と呼ばれながらも、本人はリアリズムが大嫌い。歴史って皮肉ですね……。文学や芸術、時代の流れについてはRintoの他の記事にたっぷり解説されているので、ぜひそちらもお読みください!
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「ボヴァリー夫人」の読み解き方解説!完璧な文章の正体って?
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さて「ボヴァリー夫人」は様々な読み方ができます。筆者も何度も読み返していますが、何度読んでも発見がありおもしろい!でもおもしろいだけでは、古典と呼ばれる価値はそこまでないはず。「ボヴァリー夫人」の技術的なスゴさを解説しましょう。世界には完璧な文章って存在するんです。その正体は?そしてこの作品を象徴する名シーンをご案内。