小説・童話あらすじ

【不登校の親と子へ】ヘッセ「車輪の下」詩人が描く、大人と学校に殺されたふつうの優等生のリアル

不登校。いじめやストレスで学校に行けなくなる子どもたち。パニックになる親。私はとりあえず「親子揃ってこれ読んどけ」とヘッセ「車輪の下」を叩きつけたいところです。作者はドイツが誇る詩人にして作家ヘルマン・ヘッセ。彼は自分の子供時代の抑圧を決して忘れることなくこの傑作を書き上げました。保健室登校と不登校を経てストレス起因の病気を発症、今にいたるアラサー女子の筆者が、不登校児とその保護者にこの記事を捧げます。

ヘッセ「車輪の下」の世界――教育虐待と受験戦争と優等生と

image by iStockphoto

まずこの「車輪の下」の世界、すなわち主人公ハンスの事情の面を探っていきましょう。本作が刊行されたのは1905年。作者ヘルマン・ヘッセの自伝的作品である本書ですが、ヘッセが神学校生だったのは1891年頃のことです。この時代の事情を知ると知らないとでは読み解き方が違います。そして私たちの時代の子どもたちとまったく同じ事情が当時から絡んでいることがわかってきますよ。

IMAGE

車輪の下 (新潮文庫)

Amazonで見る
価格・情報の取得:2019-10-02Amazonで詳しく見る

お受験戦争と教育虐待は昔から当たり前?

主人公ハンスは14歳の少年。彼はごく平凡な田舎町の市民の家に生まれます。しかし非常に聡明で学力高く、地元の期待を一身に背負って、神学校へ進む州試験へ挑むこととなるのです。現代日本の私立お受験と異なるのは、学費がなんとタダ!であること。そりゃ誰だって行きたくなりますね。

ハンスが「もし落ちたらギムナジウムに行きたい」と父親に申し出て罵倒されるシーンがあります。これはいわば「国公立に行けなかったら学費が何倍もする私立に行きたいナ」と言うようなものです。お金がない家の優等生にとって、やるべきことは一択。気合で勉強して学費0円の学校に入る。それだけです。将来のためにはこれに命を賭けなければなりません。

ちなみにハンスの入学することとなる学校はマウルブロン修道院という、カトリックの修道院を改築したもの。プロテスタントには本来修道院という施設は存在しませんが、ここが神学校となっているのには歴史の事情が関係しています。ドイツは言わずとしれた宗教改革の本場。使われなくなった修道院を学校代わりに活用しているのでした。カトリックはハンスの友人ハイルナーはこの立派な建物を罵っていますが、これ以上無い有効活用です。カトリックとプロテスタントの違いなどについてはこちらの記事も!

繊細すぎて耐えきれないハンスの体質

image by iStockphoto

「車輪の下」の見どころといえば、ハンスの視点を通してながめられる、彼の故郷ドイツの田園風景と美しい自然です。作者ヘッセ自身の体験が反映された本作ですが、ヘッセはハンスと同じように受験戦争に苦しみ、学生生活を通してノイローゼとなりました。「詩人か、でなければ何者にもなりたくない」とヘッセは思いつめます。ここまで真剣になった人間が三流で終わるわけがありません。

ヘッセとニアリーイコールの存在である主人公ハンス。彼は繊細な自然児で、かつては外で同年代の子どもたちと遊び、釣りをしながら朗らかな景色をながめて世界の美しさを堪能する、感受性豊かな少年です。どんなに辛くても空や草木の美しさを見て「人間はキライだけど世界はきれいだナ」と不登校時代を乗り切った筆者ですが、共鳴する子どもも多いのでは?

その風景を清らかに描き出す、これは文豪にして詩人ヘッセの面目躍如といったところでしょう。この物語を一貫している抑圧や苦痛はこの詩情的世界には及ぶことなく、ただただ彼をとりまく世界は美しくてならないのです。ハンスの眼に映る世界はあまりにも清らか。この繊細な視点はゲーテ「若きウェルテルの悩み」のウェルテルにもつながります。

大人たちは本当に薄情なのか?

当時の神学校でのカリキュラムを、「車輪の下」を参照し確認してみましょう。当時の教養のド基本であったラテン語、そして聖書の言語であるヘブライ語、ギリシャ語や数学、歴史……これらはすべて、聖書を読みこなすために必要な言語です。さすがは牧師さんの養成学校。ちなみにハンスは根っからの文系頭だったらしく「ホメロス萌えするけど、数学はロマンがなくてイマイチ」といった描写もあります。共感する人もいるのでは?

もちろん生半可な努力でこれらが会得できるわけがありません。ハンスは州試験をある非常に優秀な成績で突破します。それを大人たちは全力で応援しました。どうやってかというと、そう、「勉強」を教えることで……。ハンスが注がれるのは条件付きの愛情です。血の繋がった父親も、魂を救う役割が職務であるはずの牧師でさえ、成果を出せなかったハンスのことは見捨てます。

けれども大人たちは本当に薄情で何も考えていないだけだったのでしょうか?彼らに愛情はなかったのでしょうか。一番哀しいのは、ハンスが勉強を「好き」だったということかもしれません。彼は小さな幸せを愛し、自然を愛し、勉強の先にながめられる世界が大好きだったのです。大人たちは、一見喜んで授業を受ける彼に、どう接すればよかったのでしょう?そしてハンスに、勉強以外の何を与えられたというのでしょうか。

【あらすじ】ヘルマン・ヘッセ「車輪の下」

image by iStockphoto

ここで「車輪の下」のあらすじを確認しましょう。20世紀初頭に書かれた青春小説。教育虐待と受験戦争、集団生活にゆがんだ友情、死の誘惑……ハンスに降りかかる試練はこのように悲劇的ですが、しかしこの作品は非常に美しい詩情にあふれています。あえて言うなら、現代日本の苛烈ないじめ問題以外は、今の子供達の世界もすべて、このまんまです。筆者はそうでした。本当ですよ。

IMAGE

車輪の下で (光文社古典新訳文庫)

Amazonで見る
価格・情報の取得:2019-10-02Amazonで詳しく見る

のびやかで繊細な感性を持った優等生ハンス

14才のハンスは平凡な田舎町の平凡な両親のもとに生まれた、非常に聡明で「天才的」な少年。お金のない優秀な子どもが選ぶ道は1つ、すなわち州試験を受けて、学費無料の神学校へ進学すること。州試験は超のつく狭き門。一生を左右するこの時期に彼は必死の詰め込み教育を受けました。

余談となりますがこの時点でハンスは頭痛に悩まされています。あきらかにストレスから来る頭痛ですが、この症状、不登校や保健室登校の子は誰もが心当たりあるのではないでしょうか。しかし勉強一色の生活の成果は見事に上がります。彼は非常な好成績で合格するのです。

で、ここでさらに気合が入ってしまったのは、なんと大人たち。牧師や校長先生はハンスになんと、予習復習に補習までほどこすのです。夏休みが終わるころには、勉強時間と授業で休み時間など一分もない状況に近く……ご近所さんでハンスを幼い頃から知る、靴屋のフライク親方だけが彼の体調を案じますが、ハンスは気まずさから彼を避けます。そしてついに神学校生活がはじまるのです。

神学校での学生生活、親友ハイルナー、そして……

image by iStockphoto

マウルブロン神学校。ここが中盤の舞台です。クラスメートたちの生き生きとした群像劇が見どころの1つで、笑うところあり、あるある感で納得する部分あり。うーんさすが文豪ヘッセ。大人はなつかしの学生生活を思い出してしまい、子どもはしんみりとしてしまうでしょう。

ここでハンスは運命的な出会いを果たします。寮で同室となったハイルナーです。ハイルナーは詩人気質で反抗的、自由奔放な少年でハンスとは正反対。内気なハンスは彼に引きずられるように交友を続けます。問題児ハイルナーとの交際はハンスに害を与えると判断した教師。校長先生はハンスにその旨を忠告したとき言うのです。「うまく立ち回らないと、車輪の下敷きになってしまうよ」その後ハイルナーは学校を脱走し、それが原因で退学処分となります。ハンスは孤独な状態になってしまいました。

彼はついに限界を迎えます。頭痛、ぼんやりとして集中力をなくし、判断力の低下、急に泣き出してしまう……医師は神経衰弱の診断を下し、ハンスは家へ帰ることとなりました。ハンスは学校をドロップアウトしてしまったのです。

次のページを読む
1 2
Share: