世界一有名な不倫小説「ボヴァリー夫人」写実主義作家フローベールの真のすごさって?
適切な言葉「モ・ジュスト」により、完璧なフランス語文章を生み出したフローベール
良い文章、ってどんなのだと思いますか?世に多く美文麗文はあり、駄文もあふれています。筆者は文学オタクとして山のように様々な文章を読んできましたが、真実はいつも1つ、そう「声に出して美しいのが良い文章」です。
フローベールはの菩提樹の並木道にて大声で原稿を朗読し、その「響き」がどのような音として聞こえるかで文章の良し悪しを判断しました。地元では名物おじさん状態。ジト目で見られながらも、こうして声を枯らして響き良い文章を模索し、熱烈な情熱と5年間の時間を費やしてついにそれを実現させました。芸術家魂!ですね。
こうして成立したのが「モ・ジュスト(適切な言葉)」の文体です。適切な言葉とは、理念や概念を過不足なく表現できる唯一の言葉のこと。「ボヴァリー夫人」の文章は、適切な箇所に適切な単語があり、響きも美しく表現も豊か、まさに完璧なフランス語として語り継がれます。
文学史的名シーン「農事共進会での恋のささやき」
最後に世界文学史に残る名シーン、見どころを1つ紹介しておきましょう。第2部の「農事共進会」です。ここの滑稽さ、ズレっぷりはぜひ読んで味わっていただきたいのですが、写実主義的な芸術の傑作と呼ばれるにふさわしい名シーン。このお祭り騒ぎでエマはロドルフォに愛をささやかれ、陥落して心身ともに夫以外の男に捧げることとなります。物語のターニングポイントともなる決定的場面です。
たとえばロマンティックな恋の場面というと、美しい花園でささやかれたり、嵐で閉じ込められた小屋の中身を寄せ合ったり……舞台や人物のいる拝啓によって、風情というものが変わります。このシーンはセリフやシチュエーションは最高にロマンティックなのに、背後で鳴いているのは豚や牛!響くのは小鳥のさえずりの代わりに、おえらいさんのつまらない演説!いや、たしかにリアリズムなのですが、こんな発想をもって「小説」にした作家はそれまでいなかったのです。
ボヴァリー夫人は妄想好きな、ロマン主義的空想に生きる人物。このシーンは、交わされている会話や行われていることはまぎれもなくロマンス。しかし周りは田舎、エマがいる世界は何一つ変わりません。平凡な世界をドラマティックに見せる本作ですが、凡庸な現実と浮世離れした感覚のズレっぷりをあらわした、こっけいで写実的な、革新的シーンなのです。
「リアル」を「ドラマ」にした驚きの1冊
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読書は現実世界からの逃避。その現実逃避ためには、おとぎの国やSF未来世界、英雄や貴族が出てくる必要はかならずしもないのです。私たちの住む世界の私たち自身の心の中、生活の場所に十分ドラマはある。現実の庶民の女性の鬱屈、欲求不満、想像力、夢、そして現実……それを小説・文学として成立させた、「ボヴァリー夫人」はすごい作品なんですよ。ラスト、エマの破滅は何度読んでも圧倒されます。あなたもこの機会にぜひ手にとってみては?
ボヴァリー夫人 (新潮文庫)
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