中国の歴史

面白人物ばかりな中国の歴代皇帝7選をご紹介&解説

秦の時代から中華民国建国まで中国に興亡していた数々の王朝。その中のトップは皇帝といって天子という形で神と同一視されることがしばしばありました。 しかし、皇帝も私たちと同じ人間。面白い逸話が沢山あったのです。今回はそんな中国の皇帝や有名人について解説していきたいと思います。

1.始皇帝【史上初めて皇帝となった】

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最初に紹介するのは史上初めて中国大陸を統一して初めて皇帝と名乗った始皇帝です。

始皇帝といえばその大きな墓である兵馬俑や、儒学者や反対する人を粛清していった独裁者など様々なイメージがありましたが、いったい彼はどんな人だったのでしょうか?

秦の一大スキャンダル

始皇帝が生まれたのは紀元前259年。この時中国では春秋戦国時代という7つの国が互いに争いあっているまさしく戦乱の時代でした。

そんな中、始皇帝は秦という今の中国西部の土地を治めていた国に生まれ、前247年に秦の王に即位します。

始皇帝は即位してから秦の国を強くしていき、他の国を圧倒し始めるのですが、なんとここでトラブルが。実はこの時秦に対して財政的援助を行っていた呂不韋という人が始皇帝の母と不倫関係となっていたのです。さらに呂不韋はまずいことに自身の不倫関係がばれたくないからと母に別の男を紹介して一大スキャンダルに発展。

もちろんこんなことはすぐにバレてしまい、呂不韋の方は(今の四川省の山の中。ぶっちゃけ死刑に等しい)に追放。別の男は車裂きの刑というなんとも痛そうな刑によって殺されてしまいました。

皇帝までの道

こうしてスキャンダルは収束しましたが、始皇帝はここから一気に勢力拡大を狙っていき、7つの国の中でまず韓と趙という国を滅ぼします。

また、燕を攻めようとした時に始皇帝は暗殺されそうになりますが、これに激怒した始皇帝は燕の首都に住んでいた人を虐殺したりも。いかにも中国らしい報復の仕方ですが、独裁者のイメージが強いのはこんなことをしたからでしょうかね。

こうして着実に国を滅ぼしていった始皇帝は残りの国魏・楚・斉も滅亡に追い込みついに中華統一を成し遂げます。

こうして中国を一つにした始皇帝は王様よりも持って上のランクである皇帝に即位。史上初めての帝国である秦王朝を成立させたのでした。

ちなみに、中国の英語であるChinaの語源はこの秦から取られているんだとか。

急ぎすぎた改革・不老不死の夢

こうして始皇帝は即位しましたが、その後秦は僅か15年で滅んでしまいます。その理由の一つとして改革を急ぎすぎた点がありました。当時中国では封建制という王様が諸侯に対して領地を渡して治めさせるという方法がなされていましたが、始皇帝はこの制度をなくして新たに皇帝が部下に対して直接統治を行わせる郡県制という今で言うところの中央集権的な政治を行わせました。

また、始皇帝は度量衡という長さや重さの単位の統一や、儒学者を弾圧した焚書坑儒などさまざまな改革を行っていきますが、始皇帝はもっと大きなプロジェクトに乗り出していました。それが不老不死だったのです。

始皇帝は晩年、中国を自分がずっと治めようと不老不死の薬を求めて中国や海外をくまなく調査させます。しかしそんな薬は出てきません。そこで始皇帝は当時不老不死の薬だと言われていた水銀を飲む暴挙に出てしまいます。でも水銀という金属は不老不死どころか猛毒の金属。これを飲みすぎたことによって始皇帝の死期が一気に早まってしまい、後継者の育成に失敗した秦はあっさりと反乱によって滅亡してしまいました。

2.光武帝【一度滅んだ王朝を復活させた名君】

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次に紹介するのは後漢の初代皇帝である光武帝です。日本史の授業だったら倭国に金印を送った人でも有名ですね。

しかし、彼はそんな金印の人だけでは止まらないほどの業績を残した皇帝でもあったのです。

一度滅んだ王朝を再興した唯一の皇帝

光武帝が名君だと言われている理由。それは何と言ってもかつて滅んだ漢を再興させたという業績があったからだと思います。

中国では王朝が滅亡したということは家臣から全員見放されたということと同意義されることがしばしばであり、まず王朝を立て直すことは不可能とされていました。

しかし、光武帝は当時中国を治めていた新王朝を見事に滅ぼして後漢の初代皇帝に君臨することを成し遂げ、さらには後漢の基礎をちゃんと残したという守成ということも成し遂げたということもあり、中国では理想とすべき名君と度々あがめられているんだとか。

中国史上指折りのバケモノ皇帝

そんな光武帝ですが、彼は元々前漢の貧乏貴族の生まれであり目立たない生活を送っていたんだとか。しかし、新王朝の政治が乱れると一念発起。牛に乗って挙兵して新王朝の打倒を目指していきます。新王朝からしたらこんな反乱すぐに鎮められると100万レベルの軍勢を派遣して潰しにかかるのですが、光武帝はこれを8千人程度で撃破。新王朝を見事に滅ぼして後漢を建国します。

これだけでも凄いことなんですが、彼はさらに皇帝になった後も新王朝の反省を生かして政治を行ったことによって後漢の全盛期を初代皇帝が築き上げるという前代未聞のことをやり遂げるなど性格は穏和、家臣を粛清せずに手柄を上げたら褒める、軍事スキルもあるなどまさしくチートキャラぶりを発揮しました。

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