小説・童話あらすじ

5分でわかる『吾輩は猫である』猫が人間を風刺する夏目漱石の処女小説のあらすじ、内容を解説!

3-4チラ見えする日露戦争

日露戦争では、日本が大国ロシアに勝利したことはご存知でしょう。大和魂に湧き上がり、世間はイケイケの興奮状態でした。時代の波に乗り、猫が語るジョークやユーモアも大衆に倍増して伝わったのでしょう。笑いの裏では、軍事大国日本となる影が忍び寄っていた時代背景も取り込んでいます。

3-5死への問いかけ

作品の中には、死に関するシーンが結構出てきます。最終章の「太平の逸民」たちの大会議では、人間は探偵になって最後には自殺へと走るという、病的な行動に対する問題定義を投げかけているのです。現在も未解決で、漱石の時代からの延長線上に生きる、現代人の生き方を改めて考えさせられます。

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ちょっと雑学

漱石の飼い猫も名前がなく、漱石は「猫!」と呼んでいます。小説の完結時は生存中で、早稲田に転居した翌年の明治41年9月13日に死んでしまい、書斎裏に立つ桜の木の下にみかん箱に入れられて埋葬されました。「この下に稲妻起る宵あらん」と、書いた墓標を立てています。実は、漱石は猫だけでなく、文鳥や犬、子どもたちは金魚も飼っていました。彼らもここに眠っています。

4.日本中に猛威を奮ったユーモア小説

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『吾輩は猫である』は、偶然にできた大ヒット小説です。漱石一家のスターだった黒猫を飼う内に猫に魅了された漱石は、猫の立場で世俗を見て利害が混在する俗世界への素直な考えを本を通して発信しました。人間の生活ぶりを猫視点で描いた作品なので、あらすじはありませんが内容をご紹介しましょう。

4-1語り手の猫登場

雨が降る寒い日に藁の上にいた母猫と兄弟たちから引き離され、笹原の中へ捨てられたのが物語の語り手の猫です。捨てた人間は、一番獰悪とされ猫を食うとされる書生でした。笹原の中で泣いていたら書生が、迎えに来てくれると考えたが誰も来てくれません。

泣き声がでないほどお腹が空き、食べ物を探し歩いていると人間臭い所にでます。珍野家の崩れた竹垣の穴でした。ここから屋敷に忍び込むも、下女のおさんに見つかり4、5回も追い出されます。中学で英語教師をしている家主の苦沙弥が、「内へ置いてやれ」との一言で、珍野家の一員になったのです。ここに棲みつき、家人の日常を観察し昼寝や散歩をするなど、お気楽な猫暮らしを展開します。死ぬまで名前は付けられませんでした。

4-2苦沙弥の観察

苦沙弥が胃弱なのに大飯ぐらいで胃薬を服用することや、学校から帰ると直ぐに書斎に入ることから勉強家と家族に思われていること、猫だから知る部屋に入ったらよだれを垂らして寝ていることなどが描かれます。居眠りする苦沙弥を見て、生まれ変わったら、「寝ていても務まる教師になろう」と思うのです。

主人と駄弁を交わしに来た迷亭君が、「絵を上手く書くには、自然をそのまま写すといい」とアンドレア・デル・サルトの言葉を蘊蓄します。画材を買ってきて、まずは手始めにとアンドレア気分で縁側に眠る吾輩を書き始めるのです。猫は気を使い欠伸もせずにじっと主人に付き合うも、途中で見た作品のできの悪さに呆れのそのそと這い出すと「この馬鹿野郎!」と怒鳴られたのです。頭にくると「馬鹿野郎」と怒鳴る苦沙弥の悪い癖。腹を立てた猫は、人間の傲慢さを感じ、人間とは自分勝手なものだと悟ります。

苦沙弥は多趣味で、他に俳句やヴァイオリン、謡など試みますが、何一つ物になりません。アンドレアの話は、迷亭君のジョークで、実は苦沙弥は騙されただけ。もちろん、苦沙弥は絵を辞め、子どもたちが猫を追い回し遊ぶ珍野家の日常に戻ります。

4-3猫と餅の格闘

年賀の挨拶に寒月君がやってきて、二人の女性の間でヴァイオリンを弾いてその中の一人の女性が気になると話します。その日は、主人は寒川君と外出しました。翌日の朝食は雑煮で、苦沙弥は餅を6~7個も食べますが1個残しました。

この残した椀の下に膠着した餅を、猫が何かの縁だからひとつ食べてみようと口にします。餅初体験の猫は、覚悟を決めかぶりついたのです。何度噛んでも餅は歯から離れません。前足で餅を取ろうと後ろ足二本で立ち、もがいている内に家族に見つかり大爆笑されます。苦沙弥は、餅を取ってやれとおさんに命令し、ことなきを得ました。

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