【文学】「老人と海」はヘミングウェイの〈遺書〉?闘う作家のたどり着く場所とは。アメリカ文学の代表作を解説
アーネスト・ヘミングウェイってどんな作家?
不明 – http://www.epochtimes.jp/jp/2008/09/print/prt_d45054.html, パブリック・ドメイン, リンクによる
ムキムキマッチョなおじちゃんで、戦争とか行ったりして、ロスト・ジェネレーション。で、ネコ好きでキューバ好きで猟銃自殺をした人。と、一般にヘミングウェイというとそんなイメージかと思います。ヘミングウェイはその人生の最初から最後まで、闘う人間であり、闘う姿を描いた作家でした。行動派作家と呼ばれる彼の人生をまずはたどってみましょう。
戦争の世紀に生まれた作家、ヘミングウェイ
アーネスト・ヘミングウェイがこの世に生を受けたのは1899年。20世紀とともに彼の人生ははじまりました。20世紀、すなわち戦争の世紀です。釣りや狩猟、さらにボクシングを息子に伝授した父親の教育は、彼の行動派としての経歴に大きな影響を与えました。
その後アーネスト青年は、1914年にはじまり4年間に渡って欧州を主戦場に、世界を戦火に巻き込んだ第一次世界大戦の、北イタリアフォッサルタ戦線に従軍。重傷を負いながらも生還しました。
その後、カナダのトロントで新聞記者として仕事を続けます。また、1930年に勃発したスペイン内戦にも赴きました。これらの戦争経験は彼の作風に大きな影響を与えます。作家というとインドアで繊細な感覚を持つ本の虫、というイメージがありますが、ヘミングウェイはそれとはかなり違いますね。彼の作品を読むに終始「闘い」、ムキムキマッチョで男性世界が展開されているのが特徴的です。
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ロスト・ジェネレーション、ノーベル文学賞、ショットガン自殺
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「ロスト・ジェネレーション(失われた世代)」という言葉を流行語にのし上げるきっかけとなった『日はまた昇る』では、第一次世界大戦を体験した1920~30年の「自堕落な若者たち」の刹那的な姿を描きました。他にも戦場での体験を投影した作品を発表。ヘミングウェイが生きたのはまさにこのような「戦い」の時代だったのです。
代表作は『誰がために鐘は鳴る』『武器よさらば』『キリマンジャロの雪』などが有名ですが、これらの小説を通じてヘミングウェイは彼ならではの、極限までシンプルな文章を生み出しました。淡々として余計な語を加えない彼の文体ゆえに、ヘミングウェイはハードボイルド作家の元祖とも呼ばれます。
ヘミングウェイは生涯の3分の1をキューバで過ごしました。そこでの風景や体験を昇華させたのが、『老人と海』。この作品で彼はノーベル文学賞を受賞。しかし彼はその後2度、航空機事故に遭遇してしまいます。奇跡的に生還しましたが、その傷ゆえに授賞式には出られませんでした。生涯を通して頑健だった彼でしたが、事故の後遺症により身体の自由を奪われることとなります。事故の結果発症した躁うつ病的症状に悩まされ、1961年にショットガンで自殺を遂げました。61歳、闘い抜いた男の一生です。
「老人と海」ってどんな物語?
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さて、闘う行動派作家アーネスト・ヘミングウェイ。彼の作品は実感と体験に基づいているからこそ、圧巻のリアリティを持ちます。『老人と海』もその1つ。この作品、ヘミングウェイの「闘う、立ち向かう」作品の系譜にありながらも、ふしぎな慈愛にみちています。そして、主人公の老漁師サンチャゴとヘミングウェイを重ね合わせて見たときに、別の景色が見えてきますよ。『老人と海』ってどんな小説でしょう?
老人と海 (新潮文庫)
Amazonで見る【あらすじ】「老人と海」
キューバの老漁師・サンチャゴ。彼は84日間におよぶ長期間の不漁に見舞われます。彼を慕っていた少年マノーリンも両親の言いつけで彼のもとを離れ、サンチャゴは1人で漁に出ることとなるのです。沖に出た彼のおろした釣り糸にかかった大魚がいました。ここから老人と、海との戦いがはじまるのです。
かかったのは、巨大なカジキマグロ。死闘のはてにサンチャゴはカジキマグロに勝利します。しかし陸地へ帰還する彼に、無情にもサメの群れが追いすがりました。満身創痍で、獲物のカジキマグロにたかる海の生物たちを追い払うサンチャゴ。戦って戦って、彼がたどり着いた境地とは。
海で闘い抜く老人が口にする「ひとり言」は、どんな境遇に遭っても不屈である人間の尊厳を見せてくれます。海と海の生物たちに対する愛情にみちた視点に、涙を禁じえません。シイラやトビウオなど、丁寧な海や魚の描写も見どころです。ヘミングウェイ晩年に描かれた、20世紀アメリカ文学を代表する傑作。
老人=ヘミングウェイが立ち向かった先に……
ヘミングウェイは、戦い、戦い続け、最終的に彼はショットガンの銃口を口にくわえて自殺するわけです。『老人と海』はヘミングウェイが自身の体の自由を失ってしまうより前に書かれた作品ですが、『老人と海』は、ヘミングウェイが老いた自分自身を投影した敗北の物語だと筆者はとらえています。
たしかにサンチャゴは海と、魚たちと戦って陸地に帰ってきました。が、どこからどう見ても、老人は敗けたのです。最後に老漁師はライオンの夢を見ます。疲れ果てた眠りの先で獣の王者の姿を見るとはいえ、この物語は敗北の話です。巨大なものと向き合い続ける生涯を送り、すでに老い、戦い疲れ、獲物を食い尽くされて、過去に見た美しい異国の獣の夢を見る。
そんなこの作品を、ヘミングウェイの「遺書」的な作品と読む――そういう読み方をすると、またこの名作が味わい深くなります。作品を通して、何か大きなものに立ち向かい続けたヘミングウェイ。しかし、ヘミングウェイ自身と老人を重ね合わせてみると……そんな視点でも、ぜひ読んでみてください。