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忙しい現代人が読みたいチェーホフ!魅力の解説とおすすめ4作品を紹介

暇つぶしにピッタリの長さと感動の作品で今も人々の心をわしづかみにする作家がいます。ロシアを代表する作家アントン・チェーホフ。傑作戯曲『桜の園』の他、短編小説『犬を連れた奥さん』『ねむい』など数多くの作品を残しました。雑誌や新聞のユーモア小説で鍛えた彼の作品は、短くても深いのです。読み終えたとき、人間をもう一度愛したくなる。魅力あふれるチェーホフの世界を解説しましょう。

チェーホフの人生

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Scanned by User:Gabor from Bibliothek des allgemeinen und praktischen Wissens. Bd. 5 (1905), Abriß der Weltliteratur, Seite 85, パブリック・ドメイン, リンクによる

「短いのに、おもしろい。」トルストイやドストエフスキーという長編大好き作家が跋扈する19世紀ロシアで、短編と戯曲により新しい世界を切り開いた作家アントン・チェーホフ。世界文学史というスケールで見ても、チェーホフは超一級の作家です。短編小説や戯曲で現在も多くの人に愛されるチェーホフ、一体どんな人生を送ったのでしょうか。

若き「短編小説家」チェーホフの正体

アントン・チェーホフが生まれたのは1860年。彼が生まれた翌年1861年に、皇帝アレクサンドル2世により農奴解放令が発表されます。ロシア全体の社会構造が変わっていく過渡期でした。アントン・チェーホフの祖父は農奴でしたが、領主に身代金を払って一家の自由を獲得します。ロシア有数の港湾都市、タガンログで雑貨店を営む父と母、5人の兄弟とともに育ったアントン少年。しかし父が破産してしまったことから、一家はモスクワへ夜逃げすることになります。

家族がモスクワへ行った後も、学業のためにタガンログに残ったアントン。中学ですでに戯曲や詩を書いていたといいます。中学卒業後、モスクワ大学医学部に進学。この大都市で彼は雑誌にユーモア短編小説を寄稿するようになりました。新潮社から『チェーホフ・ユモレスカ』として出版されているのがこの初期作品です。

なんとこの時代のチェーホフが書きに書きまくった短編の数は1000作品以上!本人も数を把握しておらず、後年全集を作る段になって判明してびっくりしたとか。しかしチェーホフは自己実現や承認欲求のために小説を書いたのではありません。家族の生活を支える生活費のために、とにかく娯楽としての文章を書き続けたのです。筆者もこの時期の小説を読んだことがあります。とにかく面白い!そして、よくこんなに次々と書けるものです。ネタ切れ知らずの短編王チェーホフ、これも才能ですね。

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文壇の寵児へ

生活のために小説を量産していたチェーホフ。それをいさめる人物があらわれます。批評家ドミトーリイ・グリゴーロヴィチが若きチェーホフにに対して、才能を浪費しないよう忠告したのです。事実、チェーホフのユーモア小説はおもしろいものの後年の作品群に比べると完成度が低いものでした。一念発起!生活費のための書き殴りから、文学的価値を求めた創作に方針転換します。

また、チェーホフは1890年の4月から12月にかけて、サハリン島(樺太島)へ唐突に出かけました。極東のサハリン島は流刑地として使われていたのですが、この僻地での体験がのちの作風に深い影響をおよぼします。1896年には戯曲『かもめ』をペテルブルグで上演。この時ロシア演劇史上類を見ない大失敗だったと言われています。しかし2年後にモスクワで再演された『かもめ』は大ヒット!チェーホフは文壇の寵児になります。

その後、ヤルタに居を移し短編小説『犬を連れた奥さん』、戯曲『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』など精力的に執筆。『三人姉妹』でマーシャ役を演じたオリガ・クニッペルと結婚します。1904年には世界文学史に名を残す傑作『桜の園』が上演されました。しかしこの時すでにチェーホフ自身は結核ですっかり弱りきっていたのです。その後ドイツのバーデンワイラーへ転地療養するものの、同年7月にその異国の地で亡くなりました。享年44歳。彼の作品は今も時代と国境を超えて愛され続けています。

長編ってつまらない!短編小説と戯曲を革命したチェーホフ

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チェーホフってそんなにすごいの?という疑問にお答えしましょう。チェーホフは「短いのに、深くておもしろい」のです。当時のロシア文学はとにかく、長さ至上主義!例えばトルストイ『戦争と平和』は文庫本で4巻(新潮文庫の場合)。ドストエフスキー『罪と罰』でさえ上下巻。短編小説では芸術性や人間の内面の深い部分を追求できない、というのが定説でした。

これをひっくり返したのがチェーホフ!彼は「人間」に焦点を当てた作品を書き続けました。特筆すべき点が1つ。チェーホフの小説作品では、気持ちいいくらいになにも起こりません。ただ日常が書かれるだけ……なのにそこで起こる人の心のドラマに読者はひきこまれてしまうのです。

チェーホフの戯曲には、主人公が設定されていないのも大きな特徴。登場人物の誰にでも感情移入したり、自分を重ねたりすることができます。そもそも新聞や雑誌の誌面のスキマに入れるようなユーモア小説を1000編も書きまくったチェーホフは、短くすっきりとまとめ上げるのが大得意。暇つぶしに読むのにピッタリのサイズ感なのです。

チェーホフの傑作4作品を紹介!

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忙しい現代人にピッタリ。読まなきゃ損!のチェーホフ。さてどれから読めばよいのでしょう?チェーホフ好きの筆者が4作品をピックアップしました!どれも数十ページの短い物語です。青空文庫やKindleで無料で読むことができる他、美しい新訳も出版されています。読めばあなたも、人間を愛することができるようになるはず。

『桜の園』

一生に一度は読むべき、あるいは観劇すべき傑作。チェーホフが亡くなった年に初演された戯曲『桜の園』をまずご紹介しましょう。「自分はこの中の誰かしら」そんなふうに考えながら読む(あるいは鑑賞する)ことができる、主役ナシ劇の達人チェーホフだからこその味わいがあります。

広大で古く美しい桜の園(日本のソメイヨシノではなく、サクランボ収穫のための桜)を持つ屋敷とを手放さなければならなくなった女地主・ラネーフスカヤ。彼女の娘や元農奴のロパーヒンが奔走する中、借金で首が回らなくなっていきます。一体ラネーフスカヤ一家や桜の園はどうなってしまうのでしょう?

ここから先は……ネタバレ厳禁!一言でどんでん返しがやってくるラストは圧巻です。没落する貴族階級、そして生活に向かう若い世代。読み終えた時、前に進む勇気をもらえます。余談になりますが、日本の作家・太宰治はこのチェーホフ『桜の園』をベースに、名作『斜陽』を書き上げました。2つの作品を読み比べるとさらに泣けますよ。

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