教養歴史

人殺しをしたくなくなる傑作ドストエフスキー「罪と罰」を解説‐殺人・犯罪に走る前にまずこれを読め!

「なぜ人を殺しちゃいけないの?」人類不滅の問です。「とりあえずドストエフスキーの『罪と罰』読もう」と筆者は答えます。思想に基づいて高利貸の老婆を殺す殺人犯ラスコーリニコフの心理対決を描いた傑作、そこにはドストエフスキー渾身の「人を殺すと大変なんだぞ」の強烈なメッセージが読み取れます。お説教や名言なんかでごまかすことをせず、リアリズムで攻めに攻めた圧巻の傑作。挫折せずに読み通すためのポイントも解説です!

「罪と罰」ってどんな作品?

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序盤で脅威の挫折率を誇る「罪と罰」のあらすじや構図を解説。亀山郁夫訳の登場でかなりハードルは下がったとはいえ(理由は後述しますね)新潮文庫で上下巻、岩波文庫で3巻組となる長編を読み通すにあたって、ロシア人名をはじめ圧倒的情報量により、混乱がつきもののロシア文学。多くの場所であらすじや人物相関図の紹介はされていますが、ここでは「罪と罰」を読破するための羅針盤と地図をご用意。ご一緒にドストエフスキーの世界へ。

【あらすじ】殺人犯ラスコーリニコフの殺人の理由とは……

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「高利貸の老婆を1人殺すことで、有能な人材のためにその金を有益に使うことは必要なことだ。歴史は常にそのような血を流してきた」――元大学生ラスコーリニコフはこのような理論を組み上げました。高利貸の老婆殺害を決意し、犯行の下見に出かけた帰り、元官吏マルメラードフに酒場で遭遇します。語られるマルメラードフ一家の極貧生活。ここでの出会いがラスコーリニコフのその後を変えることとなるのですが……数々の偶然が重なり、彼は「しらみ」の老婆を排除すべく殺害を決行します。

しかしそこにあらわれたのは、老婆の妹。なんの罪もない目撃者の彼女を行きがかりに殺してしまったことから、ラスコーリニコフの精神バランスは本格的に崩れはじれます。友人ラズミーヒン医師ゾシーモフが看病に当たるなか、ラスコーリニコフは極度のプレッシャーから精神的に追いつめられていき、ノイローゼ・発狂状態となっていくのです。

一方、偶然行きあった飲んだくれの元役人・マルメラードフの遺児であるソーニャ・マルメラードワ。彼女は家族の生活のために娼婦に身を落としますが、信仰深く心清らかな女性です。この出会いが物語の転換点となります。そんな中で母と妹がペテルブルグへ上京。妹ドゥーニャは兄のため、身売りに等しい金銭目的の結婚をしようとします。誇り高く高潔な妹をそんな境遇に堕とすことをしないために、抵抗を試みるラスコーリニコフ。高慢でいやしい婚約者ルージンと対決する直前、スヴィドリガイロフという男がある提案を持ってラスコーリニコフのもとを訪れます……。

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【おもしろポイント】ラスコーリニコフを追いつめる2人の「終わった」人間たち

本書では2人「ラスボス」が登場します。見どころなので紹介しましょう。予審判事ポルフィーリーとの3度に渡る対決。そして道徳的に堕落したスヴィドリガイロフとの対決です。「罪と罰」はドストエフスキーの5大長編の中でももっともエンタメな作品。妹萌え要素あり、ボーイ・ミーツ・ガールの恋愛あり、そしてなんと推理小説の要素も。ここでは要素の一部、推理小説面を紹介しましょう。

予審判事のポルフィーリーは、ラスコーリニコフを犯人と目して追いつめていきます。「『罪と罰』は犯人が先にわかっている推理小説」ということは昔から言われる1つの読み方ですが、証拠や動機だけで犯人を推理する、推理小説とはまた異なるアプローチ。一言一句にまで神経が配られた迫真の会話。ハラハラドキドキの心理劇が待ち構えています。

そしてスヴィドリガイロフは、ラスコーリニコフの妹ドゥーニャが家庭教師として勤めていた家の主人だった男です。ドゥーニャの美しさ清らかさに惚れこみ、ペテルブルグまで追いかけてきました。「ある出来事」を切り札にラスコーリニコフへ迫ります。スヴィドリガイロフが登場する第4部からが、「罪と罰」のおもしろさの本気。

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「人を殺してはいけない」理由って?

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憎くて憎くてしかたない、あいつが生きていると誰も得にならない、何よりも自分が辛くてしょうがない、一思いに……誰でも生きていれば、こんなふうに思うことが一度はあるのではないでしょうか。「なぜ人を殺しちゃいけないの?」ドストエフスキーは長編作品をフルに使ってその解答と、「人を殺した人」の哀しい姿を描いていきます。

本人の良心に関わらず、法と社会は犯罪者を追いつめる

「罪と罰」は一見、殺人者ラスコーリニコフの救済に至るまでの物語とも読めますが、一歩引いて見ると、殺人の犯行によって彼の将来のすべてが破滅していく話でもあります。彼は殺人を犯したがゆえに精神も体も追いつめられ、予審判事ポルフィーリーに追いつめられていく……。平穏なすべての生活を滅ぼしてまで、彼は「しらみ」を殺す価値があったのか?

ラスコーリニコフの姿に私たちは、犯罪者の姿のリアルを見ることができます。ラスコーリニコフは殺人事件後のニュースに神経質に反応し、家族に対しても……この苦痛の描かれ方は圧巻。筆者は多感な10代の時期に本作に出会いましたがこのリアルな恐ろしさに、うわぁこわい殺人とかやめておこうと心に決めたほどです。それほどの説得力。

ラスコーリニコフは「ふつう」の青年です。私たちはきれい事だけで生きているわけではなく、あまりにも酷い、他人の害にしかならない人間に遭遇すれば「あんなやつ死んだほうがいいのに」と思うことだってあります。そう本気で考えてしまう人生のワンシーンだってあるでしょう。そんな時「罪と罰」を読んでみてください。はたしてそこまでして、人を殺す価値ってあるんでしょうか?

作中に飛び出す人間のクズどもの「事情」

ドストエフスキーは作中人物すべてに、弱点や哀れな過去を与え、その部分をこよなく愛しています。しかしどこからどう転がしても、多くの人物は人間のクズ。

仕事も何も打ちやり、有り金すべてを持ち出し、家族の靴下まで売り飛ばして酒にかえて飲んでしまう、破滅的アル中のマルメラードフ。その妻で、家庭内の暴君的存在のカテリーナ。金で釣って美しい娘をわがものにしようとするルージン。そして淫蕩に身も心もひたるスヴィドリガイロフ……。ドストエフスキーの同情的な目線でごまかされますが、これらの人物はどう見ても人間のクズ。

しかし彼らには弱さがあり、だからこそとても哀れです。ここまで人物を多角的に描ける作家はいません。「人には、どんなクズに見える人間でも、いろいろな事情や苦しみ、悲しみがあるんだ」――そんな人生や世界の多面性をドストエフスキーは私たちに見せてくれます。どんなことがあれ、一概に人を憎んだり殺したりする理由にはならない、そんな風にも考えさせてくれるのです。そう、この作品は愛や癒やし、ゆるしさえも教えてくれます。次の項で詳しく解説しましょう。

神の愛とゆるしのもとでの「解答」とは

見せ場の1つが、心の清らかな娼婦・ソーニャにより導かれる「キリスト(ロシア正教)の神」への帰依と神の愛のもとでの救いです。犯罪をしてはいけない理由を、どのようにソーニャが語るのか。そしてラスコーリニコフはどのような答えを彼女にするのか。娼婦ソーニャのもとでラスコーリニコフは「ラザロの復活」を読んでくれるように頼みます。ソーニャの福音書朗読を聞き終えたラスコーリニコフは重大な決心をするのですが……。

基本的に無宗教の日本人には理解不能なこのシーン。少し解説を入れましょう。「ラザロの復活」は、盲人やハンセン病の治癒などとは違います。死んだラザロが3日後にイエス・キリストの呼びかけで生き返るという「絶対にありえない」奇跡です。これを信じるということは無条件に、魂の復活や神の力を信じるということ。ドストエフスキーは神の愛のもとで罪人に悔い改めのチャンスが与えられる、というビジョンを提示します。

その「ゆるし」のインパクトは強烈です。ドストエフスキーの「神」は罰と裁きの神ではありません。「罪と罰」が愛され続け、多くの人の人生そして世界に影響を与え続けている理由はこの愛情にあふれた世界観ゆえでしょう。じぃんと癒やされますよ。

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