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世界初の社会主義革命を成功させた「ウラジーミル・レーニン」を元予備校講師がわかりやすく解説

新経済政策(ネップ)の実施

戦時共産主義は、革命戦争を継続する上ではとても有効でした。しかし、農作物を強制的に奪われる農民たちは、完全にやる気を失ってしまいます。労働意欲を失った農民たちの意欲を回復させ、経済力をつけるためにレーニンが行ったのが新経済政策(ネップ)でした。

1921年から始まった新経済政策の目的は戦時共産主義で低下した生産力を回復させることにありました。まず、農産物の強制徴発を禁止し、農民たちを安心させます。次に、余剰生産物の自由販売や、外国資本の導入、中小企業の経営許可などを行いました。

新経済政策はうまくいきました。ロシアの生産力は、第一次世界大戦前の水準まで復活します。しかし、ちょっとしたお金持ち(クラークネップマン)が出現するという、社会主義国家としては困った問題も発生しました。

レーニン死後の権力闘争

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新経済政策を発動させ1921年頃から、レーニンは病の床にありました。レーニンの後継者の座を争ったのが書記長のスターリンと外務人民委員のトロツキーです。1924年、革命の指導者レーニンが脳梗塞で死去しました。レーニン死後の権力闘争では、スターリンが勝利。ソヴィエトの次の指導者となります。一方のトロツキーは国外追放され、1940年に亡命先のメキシコで暗殺されました。以後、ソヴィエト連邦はスターリンが支配します。

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