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【文学】小林多喜二「蟹工船」を解説!これって本当?プロレタリア文学の狙いに迫る

強烈な内容と描写で、21世紀の私たちをも戦慄させる、小林多喜二『蟹工船(かにこうせん)』。人間の生命や尊厳をなんとも思わない上司、逃げることのできない地獄。そこから脱するために労働者たちが取った手段。プロレタリア文学の代表作です。しかし読んでいるうちに違和感が……。これって、本当の話?あなたの感性が試される読書になりますよ。

【あらすじ】小林多喜二『蟹工船』

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20世紀日本文学、さらにはプロレタリア文学として国際的に評価が非常に高い『蟹工船』。圧巻のリアリズムと描写で、労働者の受けている理不尽かつ残酷な扱いを描きます。暴力的で残酷で、目を覆いたくなるような情景。労働者たちは救われるのか?どうやって?プロレタリア文学の名作『蟹工船』のあらすじをたどりましょう。

地獄の船での生活がはじまる

「おい地獄さ行(え)ぐんだで!」

冒頭、この強烈な台詞ではじまる蟹工船の物語。北洋カムチャツカ(作中では「カムサスカ」)ーーロシア領に近い極寒の海域で、たらば蟹を獲ってはそのまま船の中で缶詰作業をする、工場船「蟹工船」。元は日露戦争で使われた病院船などを改造したもの。危険な老朽船です。ここが物語の舞台となります。

出稼ぎ労働者として集ったのは、社会の最下層の人々。地理的に東北や北海道の百姓、漁夫などが多く、報酬を求めて乗りこみました。一部には学生も混じっています。彼らを統率するのは会社から派遣された「監督」浅川。この蟹工船を浅川は、日本帝国の国家のためだといい、自分は資本家の大会社からすべての権限を与えられていると言い、専制君主の暴君として、残忍に振る舞うのです。

蟹工船の労働環境は最悪。すぐに船員たちは「殺される」恐怖を感じとります。命や人権をなんとも思わず、船員を虐待する浅川。しかし蟹工船は「航船」ではなく「工船」。航海法は適用されません。かと言って「工場」でもないため労働法規は適用されず。資本家は政府と結託して、労働者を酷使していました。

彼らに訪れた「赤化」という福音

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暴力、虐待、過労、病気……一部では性欲処理のため強姦も行われて、まさに地獄絵図。そんな中で、転覆した蟹工船の船員たちがロシア側から引き渡されてやってきます。ロシア人はやさしく彼らをいたわり、中国人の通訳はこのようなことを言いました。「プロレタリアートこそ最も尊い」と。

中国もロシアも、言わずと知れた共産主義国家。船員は権利意識と資本家への怒りを覚えはじめ、確かに蟹工船の中で何かが変わっていきました。しかしこれを船長は「赤化」だと危ぶみます。当時、世界中で共産主義(赤、アカ)による武力革命が推し進められ、ロシアではその理念通りに君主制を倒してソビエト連邦が成立したところでした。資本主義である日本政府は、体制をおびやかす共産主義の存在を許さなかったのです。

少しずつ、浅川に対して反抗の念が湧いてくる労働者たち。サボタージュ、そしてストライキの計画が練られます。「殺される前に殺す」ーーそんなムードが蟹工船に充満していくのです。生きるか死ぬかの暴力的な状況下で、労働者の群れが出した結論とは。そして資本家たちの結論は?

で……本当に本当の話?

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冷静に読むと、山のようにツッコミどころが見つかるこの小説。資本主義が悪いように言われているけど、賃金は払われたんでしょ?普通口コミで労働者が来なくなるから、支払われる報酬は高いんじゃ?そもそもどこの会社がそんなことやってるの?どこか浮世離れした『蟹工船』の世界には秘密と狙いがありました。その真実に迫りましょう。

実は、実際の事件ベースのフィクション!

この小説、実は、フィクションです!え、だ、騙されたー!といま叫んだ既読者も多いのでは?すべてがウソではありませんが、明らかに「ねつ造」が入りこんでいます。蟹工船の存在は事実。また、実際に起こった蟹工船での虐待事件を取材した上で、本作は描かれてました。

実際はどうだったのか?昭和の脱獄王・白鳥由栄は一時期働いた蟹工船での報酬について、「そりゃあお大尽だった」と言い、蟹工船の給料は高額であったと証言しています。しかし3ヶ月から半年間、20時間労働の過酷な労働環境。究極のブラック企業・蟹工船にひとたび乗れば、当然のことながら人格はすっかり荒みきってしまうとのことです。

それでも立派にお給料も貰い、すべての船で虐待があったわけでもなく。何よりも、実際の船員たちは作中の人物たちのように、無知蒙昧で愚鈍ではなかったのではないでしょうか。少なくとも日本人である以上、初等教育は受けているわけですから。あえて言い方を変えると、意図的な偏向報道であり曲解です。しかしそれこそが、小林多喜二の狙い。

現実と違うリアル『蟹工船』を描いた意味とは

ある程度まで事実の事件がベースになっていたとしても、左翼思想へ誘導するためのウソが意図的に練り込まれた『蟹工船』。つまりは、政治的プロパガンダとしての文学作品です。このプロレタリア文学というものは、日本とアメリカにしか見られません。写実主義手法を用いて、労働者の生活をリアルに描いたものを「プロレタリア文学」と呼びます。

小林多喜二はその、日本を代表するプロレタリア文学の作家。まだ非合法だった戦前の日本共産党に入党し、地下活動を続けながら「共産主義を広め、労働者の権利を訴え、資本家を倒そう」という熱意で執筆活動を続けました。そもそも読者を共産主義に導くのが、小林多喜二の狙いだったのです。しかし小林多喜二は1933年、思想警察である特高警察により逮捕、拷問死することとなります。思想の自由、結社の自由が訪れたのは戦後のことです。

本来は穏便な共産主義、社会主義の思想。そもそもこれがなぜ危険視されたのか?日本の戦前における共産主義はなかなかワイルド。資金獲得のため白昼堂々銀行強盗を働く「赤色ギャング事件」を起こしたり、武器を中国やロシアから密輸したり、武闘派暴力団顔負けの活動内容。共産主義思想の「労働者の権利」という理念が、現代に生きる私たちを確かに守ってくれています。しかし歴史はそう簡単にいかず……複雑な気分になりますね。

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