小説・童話あらすじ

太宰治「人間失格」には元ネタ作品がある!?自殺未遂、心中未遂、精神病院……関連小説5作品を解説

恥の多い人生を送ってきました――太宰治の傑作「人間失格」。誰もが一度は読んだことがあるのでは?哀しみと自虐、罪にまみれたこの作品が作者・太宰治の実体験に基づくことは知られていますが、「人間失格」より前に書かれた作品に、実はその種がすでにまかれていたのです。傑作は1日にしてならず。道化をよそおって不幸を小説にし続けた太宰治の、知っているとちょっと自慢できる豆知識です。

傑作『人間失格』は1日にしてならず

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By 林忠彦 – 林忠彦 (1971年) 日本の作家 : 林忠彦写真集, 主婦と生活社 OCLC: 27954841., パブリック・ドメイン, Link

6度にわたる自殺未遂、精神病院送致、アル中に薬物中毒……まさに太宰治は「弱い」人間でした。べらぼうに女性にモテて、やさしくて気弱で情けなくて守りたくなっちゃって。バー「ルパン」で撮影されたこの写真は有名ですが、んもうイケメン。ここに紹介するのはどれも短編です。青空文庫やKindleなどの電子書籍にて無料で読むことができるものばかり。気楽に手にとってみてください。

まさかの元ネタ集?「あさましきもの」

まず紹介するのは『あさましきもの』。1937年に発表された、ショートショート集、いえアイデア集とでも言うべき作品です。『人間失格』を一読した方がこれを読んだら、ぶっ飛ぶはず。この小説、いや小品、むしろ殴り書きに近い作品は、太宰が芥川賞に落選し、パピナール中毒が深刻化し、アルコールも止まらず、持て余した関係者や親族が彼を精神病院へ入院させた頃に書かれました。『あさましきもの』発表直後の1937年3月には自殺未遂をしています。

『あさましきもの』にこんな一節が。『人間失格』既読の方なら、はっとします。

 男の意志は強くなかった。その翌々日、すでに飲酒を為した。日暮れて、男は蹌踉そうろう、たばこ屋の店さきに立った。
「すみません」と小声で言って、ぴょこんと頭をさげた。真実わるい、と思っていた。娘は、笑っていた。
「こんどこそ、飲まないからね」
「なにさ」娘は、無心に笑っていた。
「かんにんして、ね」
「だめよ、お酒飲みの真似なんかして」
 男の酔いは一時にさめた。「ありがとう。もう飲まない」
「たんと、たんと、からかいなさい」
「おや、僕は、僕は、ほんとうに飲んでいるのだよ」
 あらためて娘のひとみを凝視した。
「だって」娘は、濁りなき笑顔で応じた。「誓ったのだもの。飲むわけないわ。ここではお芝居およしなさいね」

『人間失格』が発表されたのは1948年、『あさましきもの』の12年後です。『人間失格』のエピソードに似通っていませんか?まさしく『人間失格』の元ネタ帳。太宰治は自分の実体験を完全に、すべて『人間失格』に叩きつけたのですね。その片鱗を感じることができる1編です。

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あさましきもの

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人間、失格。という確信「HUMAN LOST」

image by iStockphoto

これをよく小説として編集部が受け入れたなぁ。それが筆者の第一印象でした。『HUMAN LOST』の発表は、上に紹介した『あさましきもの』より前年の1936年です。太宰治はこの運命の1936年、1日50本を注射するというレベルの重度薬物中毒で精神病院に入院させられています。当時は「脳病院」と呼ばれていました。薬物療法などの科学的治療法も確立されていない時代。家族親族や社会から見捨てられた人が隔離されるための場所、それが精神病院だったのです。

すべてから見捨てられた彼が自身に「人間、失格。」の刻印をはっきりと自覚したのが、この強制入院のときだったかもしれません。日記形式でつづられる『HUMAN LOST』。タイトルを和訳すると「人間失格」とすることもできますね。

精神病院にて彼は、狂人ではなく「いい人」ばかりがいた、と記録しています。おどおどとした筆致で妻を責め、自分を見捨てた人びとや、酒や薬物に頼らざるをえなかった理由をぶつけるのです。筆者は数多く太宰治作品を読んできましたが、太宰治が自分以外に怒りややるせなさを向ける作品は、『HUMAN LOST』の他に見当たりません。

太宰治は非常に善良な人です。『人間失格』でもこのような一節があります。

「私たちの知っている葉ちゃんは、とても素直で、よく気がきいて、あれでお酒さえ飲まなければ、いいえ、飲んでも、……神様みたいないい子でした」

読むと『人間失格』が何倍も沁みる作品ですよ。

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HUMAN LOST

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哀しき遠慮の夫婦喧嘩「桜桃」

太宰治が山崎富栄とともに玉川上水に入水し、命を絶った6月19日は「桜桃忌」と呼ばれます。短編『桜桃』脱稿は『人間失格』と同年の1948年2月。太宰治の関係した女性といったら、玉川上水で共に命を散らした山崎富栄が有名。しかし「本妻」の哀しい姿――最初の妻・小山初代、井伏鱒二の紹介で結婚した2番目の妻・津島美知子のことも見逃せません。

『桜桃』は、幼い子ども3人を抱えて、めちゃくちゃな生活を送る太宰と、黙って家のことも子供のことも夫のことも、耐える完璧な妻の美知子、この2人の「夫婦喧嘩」の話とされています。しかしこんなにいじらしい、なんともしようのない夫婦喧嘩は、心なごむようなやるせないような……。この作品には、最初から最後まで「神さまみたいないい子」であろうとしただろう、太宰治のナマの苦痛がにじみ出ているのです。

出来のよいやさしい正しいおとなしい本妻。その哀しみと、それゆえに男が味わう情けないやりきれなさは『ヴィヨンの妻』にも描かれていますよ。太宰を読むとアラサー女子として、妻ってなんなんだろうなと思ってしまったりもします。

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さよなら、お世話になった人「グッド・バイ」

太宰治、未完の絶筆。太宰治がこの世を去ったとき、彼はわずか39歳でした。スター作家太宰治がこの世で最後に筆を執っていた作品はなんと、コメディ小説!しかもここまで「イイ男」の姿を描いた作品も珍しいでしょう。まさしく理想の色男、その主人公の名は田島周二。太宰治の本名・津島修治のもじりであることは明白です。

太宰治が素晴らしい作家である理由の1つは、その圧巻の自己分析能力。『人間失格』『HUMAN LOST』『姥捨』『桜桃』……太宰治は作品に自分を投影して描いては何度も殺しています。これらの作品は鬱々として哀しみにみちて。それでもこの『グッド・バイ』はなんと、爆笑の連続です。まさしく異色の作品と言ってよいでしょう。

『グッド・バイ』のあらすじはカンタン。プレイボーイの主人公は心を入れ替えるために愛人たちと別れることを決意しました。しかしカンタンに女が離れるわけがない。そこである作戦を立案。「絶世の美女」とタッグを組んで主人公は愛人との別れの行軍を実行するのです。彼はささやくのでした、「グッド・バイ」と。太宰はこうして自分に縁あったすべての人に別れを告げたかったのでしょうか。

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「姥捨」生きて、生きてほしかった

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最後に紹介するのは短編『姥捨』です。不倫問題、金銭問題、そして社会からの疎外……夫婦は心中を決行します。場所を山中の小さな温泉地に選び、映画を見、お寿司を食べ……。心中行は意外なほど穏やかで陽気とさえ言えるものです。

太宰治はその人生で6度、自殺未遂をしています。そのうちの2回は心中未遂です(3度目は山崎富栄との「完遂」でした)が、2度とも相手は同じ女性でした。最初の妻である初代です。その2度の心中未遂からこの物語は導き出されました。『姥捨』の妻は、『桜桃』の妻と同じ、いじらしいやさしい妻。しかし彼女は……やさしい夫と、やさしい女。傷つききった両者の心中行の、その行く先は。

『姥捨』の発表は1938年、つまり自殺未遂と精神病院入退院の直後、井伏鱒二の持ち込んだ縁談によって、津島美知子と結婚した時期です。この後に名作『女生徒』『走れメロス』など明るい作品を生み出していきます。つまり、太宰治「復活」の物語でした。『姥捨』という作品自体が、死の淵からはい上がった太宰治の姿だったのでしょう。生きて生きて、生きてほしかった。この作品を読むたびに筆者はそう思わずにいられません。

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姥捨

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「人間失格」成立までにもがき苦しんだ太宰治

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苦しみも孤独も絶望も、芸術家にとっては肥やしだといいます。太宰治はその哀しみや弱さを「肥やし」として、他に類を見ない文章でもって、日本文学にすさまじい影響を与えました。『人間失格』に至るまで、七転八倒の屈辱的な人生経験があり、そしてそれをなんとかして小説にし、精神を保っていたのかもしれませんね。紹介した作品は、青空文庫やKindleにて、無料の電子書籍で読めるものばかりです、ぜひ手にとって見てください。

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