日本の歴史飛鳥時代

聖徳太子の夢を運んだ「遣隋使」とは何だったのか?詳しく解説!

遣隋使が大化の改新につながる

すなわち、聖徳太子が天皇中心の中央集権政治を目指して隋に派遣した人物たちは無駄にはならず、遣隋使による聖徳太子の意思と夢は中大兄皇子らに受け継がれていったのです。そして、ついには大化の改新につながって、日本の政治の革新が実現します。この日本という国を新しく生まれ変わらせるきっかけになりました。太子の壮大なロマンが実現した瞬間だったと言えます。遣隋使として戻った留学生、留学僧たちは中大兄皇子のブレーンとして活躍し、政治刷新に貢献したのです。

遣隋使は聖徳太子の夢を実現した政治改革へ

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遣隋使は、聖徳太子が天皇中心の中央集権政治への夢を乗せて中国の隋に派遣された使節(使者)でした。当時の日本は、大物豪族たちによって牛耳られ、天皇は飾り物になっていたのです。それによって農民たちは豪族によって収穫物を独占され、国としての発展性がなくなっていました。聖徳太子は、仏教と中国の隋の中央集権政治をモデルとしてこの国を新しい国として改革し、生まれ変わらそうと遣隋使を派遣したのです。結果的には、聖徳太子の生存中には実現しませんでした。しかし、その意思は派遣された若い遣隋使によって中大兄皇子らにつながり、大化の改新によって新しい国に生まれ変わったのです。今の日本も、戦後の経済成長時代は終わり、新しい国に生まれ変わっていく必要があります。しかし、政治は停滞し、過去の栄光にしがみついた政策ばかりになっているのです。聖徳太子に代わって、私たち国民が新しい日本を生み出さなければいけない時代になっています。

 

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