詩から小説、劇まで…世界文学史の流れが5分でわかる!神話世界から現実へ
【20世紀】新しい世界の模索と展開
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神話の人物を語るおとぎ話の領域から、現実の人間をえぐり、現実に干渉するまでに発展した文学。「ドン・キホーテ」を「小説の誕生」と位置づけるならば、それから300~400年の時間が経過したのが20世紀です。これくらい時間が経つとたいていの芸術は技巧・技法が掘り尽くされるものですが、文学はこれまでとは別の世界にシフトしていきます。いえ、あるいはただ文学の基礎である神話に回帰しただけかもしれませんが……ともあれ20世紀の文学世界をご案内しましょう。
削る美の極北ヘミングウェイ、青年期の危うさを現実にしたサリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」
20世紀はアメリカ文学大フィーバー。2人の巨匠を追いましょう。まずヘミングウェイ。「老人と海」「キリマンジャロの雪」「日はまた昇る」で著名なヘミングウェイは特に「核心となるとシーンを書かない」という革新的な技巧を発明。以降、多くの作家がパロってパクって大人気の技法です。写実主義時代に「片っ端から書いていこうぜ!」だったのが、このあたりになって「いかに削っておもしろくするか」にシフトしていきました。
また世界を変えたアメリカ文学として欠かせない作品があります。サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」です。高校を放校処分という形でドロップアウトした不良少年ホールデンが、クリスマスのニューヨークをさまようこの物語。青春期の憂鬱や鬱屈を鋭く描いたこの書物が一躍有名になったのは、世界史に影響した殺人に関連しています。
1980年代、ジョン・レノン射殺犯のマーク・チャップマン、やレーガン大統領暗殺未遂事件を起こしたジョン・ヒンクリーが「ライ麦畑でつかまえて」を愛読していたのです。特にチャップマンは、法廷でも本書を読み上げるなどカルト的な読者でした。「ライ麦畑」の作中に暗殺や殺人の描写などはありませんが、危険な青年期の一部の人間の心を強く刺激する何かがある、そんな興味深い小説なのです。
モットーは「実存は本質に先立つ」フランス実存主義運動
20世紀の特殊な文学運動として「実存主義」が挙げられます。主導したのは芸術の国フランス。有名どころはカミュ、サルトル。特にカミュは「きょう、ママンが死んだ。昨日かもしれないが、よくわからない」の冒頭文があざやかな「異邦人」で有名です。
この実存主義は哲学の1つ。人間はじめすべてのものには(神が与えたなどして)生まれついて意味がある、という既存の西洋哲学を否定し「すべての存在や意味は後からつけられた」という主張をしたものでした。神や魂の存在をガン無視した「実存主義哲学」は西洋世界にとって超ショックな主張(日本人としてはそんなことかいな、という感じですが。宗教ってむずかしいですね)。第二次世界大戦後の世界で一世を風靡したのがフランス実存主義です。
サルトルの傑作小説「嘔吐」は(もちろん読みました)読んでいる最中、不安から不思議な吐き気に見舞われる恐ろしい作品でした。しかしサルトルは、自分は哲学者で文学者ではないという理由でノーベル文学賞を辞退。もらっておけばいいのに……というのは欲張りな庶民の考えでしょうか。
異色の超絶技法!ラテンアメリカで花開いたマジックリアリズム
百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)
Amazonで見る散文の小説の歴史も400年ほど経過。新技術や技巧もだいたい出尽くしただろう、と思っていたところに綺羅星のごとく登場したスタイルがあります。マジックリアリズムです。ガルシア=マルケス、マリオ・バルガス=リョサ、ボルヘスなどラテンアメリカ(中南米)の作家たちが開拓したマジックリアリズムは、複雑な南米の神話的風土や、アメリカ文学の強い影響のもとで独自に構築された独自の世界。
語り手が次々と変わり、「250歳の大統領」「海辺の村で見世物になるノルウェー語を話すよぼよぼの天使」など、おとぎ話のような設定がめくるめく構成と文章で、人びとの姿や心理があくまでもリアリスティックに描かれるこの様式は、これまでの小説作品とは別種の文学でした。
芸術はどんどん超絶技巧に挑戦し、ひねって飛んでウルトラCのような文学の形式が試されていったのです。ちょうどこの頃は絵画で言うならピカソなどのキュビズムと同じように、基礎ができていないと書けない、その道の熟練者でもたまについていけない作品が続々誕生しました。マジックリアリズムは、俺の知ってる小説と違う!と衝撃を受けること必須。中上級者以降向けなので、よい子の読書初心者は後に回すのが吉です。
神話とおとぎ話の世界から、現実の世界へ……文学者たちのあくなき探求の文学史
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古代から20世紀まで、文学史をダッシュで紹介してまいりました。こうして振り返ると、世界文学史は神話・おとぎ話世界からの脱却をめざして進むという方向性を一貫して持っています。一方でマジックリアリズムはおとぎ話への回帰。実に興味深いですね。ところで詩はホメロスで完成されたと言われています。日本の和歌は平安時代の390年間ですべての技巧が開発しつくされました。小説もそれに照らせばほとんど「やりきっちゃった感」がある芸術媒体です。私たちはこれからどのような小説を眼にすることになるのでしょうか。はたして古人の傑作よりも鮮やかな、新しい世界を見せつける文学は生まれるのでしょうか。