詩から小説、劇まで…世界文学史の流れが5分でわかる!神話世界から現実へ
愉快なドタバタ成長物語!セルバンテス「ドン・キホーテ」
ドン・キホーテ〈前篇1〉 (岩波文庫)
Amazonで見る騎士道物語を読みすぎて頭のネジが飛んじゃったおっちゃんが「ドン・キホーテ・ラ・マンチャ」と名乗り、相方のサンチョ・パンサ君と一緒に旅しては痛い目にあうドタバタ劇ーーと、そんなあらすじを持つ、17世紀初頭に誕生した散文小説「ドン・キホーテ」が「近代小説の父」と言われています。
それまでの文学ははっきり言って、韻文、ラテン語、大量の隠喩や引用で彩られたインテリ向け不親切文学でした。先に挙げた「神曲」も、教養ないヤツは帰ってね、と言わんばかり。でもこの「ドン・キホーテ」は何も知らずに読んでもおもしろい!ハチャメチャぶりに電車の中で爆笑を抑えるのが大変ですよ。
「ドン・キホーテ」はエンタメとしても秀逸な一方、主人公ドン・キホーテの内面を深くえぐった痛切な人物描写も見事。同時代人のシェイクスピアも読んでいたとされる他、フローベール、ディケンズ、ドストエフスキーをはじめ数々の偉大な文豪に影響を与えました。
深読みし放題!スウィフト「ガリバー旅行記」
ひるがえって英国にも新しい文芸の形が誕生します。スウィフトの「ガリバー旅行記」です。ガリバーが小人たちによって地面に縛られているあのシーンを、子供のころに絵本で読んだ!という方も多いのでは?寓話形式で書かれたこの物語は、「小人(リリパット)国や巨人(ブロブディンナグ)国などに赴いた旅行者ガリバーの冒険記」とおとぎ話的に読むことも可能な他、すべてを隠喩としてとらえることも可能です。
当時流行りだった啓蒙思想を批判したり、カトリックと英国国教会の争いを揶揄したり。出版当時からすでに「内閣評議会から子供部屋に至るまで」愛読されていたというのですから、驚きです。ワクワクの冒険ものである一方でここまで深読みできる作品は貴重といえるでしょう。
また日本人的に見落としてはならないのは、第3篇の「空の島ラピュタ」です。そう、ガリバー旅行記はあの宮崎駿アニメの名作「天空の城ラピュタ」の元ネタ。ちなみに同第3篇で、イギリス帰国のためガリバーは日本にも立ち寄っているんですよ。
最善ってなんなんだ!ヴォルテール「カンディード」
時代は18世紀中葉へ。フランス革命に至る精神・思想面の先達者として歴史の教科書でも太字で記されていたヴォルテール。の、名前の隣に「カンディード」という作品名が書いてあって、覚えさせられた世界史専攻の方もいるのでは。正確には「カンディード あるいは楽天主義説」というタイトルの小説です。
主人公はドイツのウェストファリア(三十年戦争の「ウェストファリア条約」が締結されたあそこです)の領主の甥っ子カンディード君。彼の口にする命題「この最善なる可能世界では、あらゆる物事はみな最善である」これを論破するためのように数々の災難が彼に降りかかるのです。
これも筆者は実際に読んでみました。いやあ、ナンセンス!焼き討ちで皆殺しにされる村、昔世話になった恩師が梅毒にかかったり、恋した娘が見る影もなくブスになっていたり、そしてまさかの……打ちのめされるようなエピソードばかりなのに、どこかおかしく感じます。ラストはヴォルテールの願望なのでしょうが、個人的には爆笑を禁じえません。気になったあなたはぜひ作品をあたってみてください。
【18世紀~19世紀その1】共同体の崩壊と文学の新世界
image by iStockphoto
さて、世界文学がめくるめく豊穣な時代を迎えたといっていい、19世紀にむかって進んでいきましょう。文学の興隆する時期は、国家などの共同体が崩壊する時代とほぼ合致します。ちょうどフランス革命、ナポレオン戦争、産業革命、帝国主義……などゴタゴタのヨーロッパ。そこから「人間的な」姿を描く運動、すなわちそれまでの神話・伝説・童話的な世界から脱却する動きが出てきたのです。
「若きウェルテルの悩み」「ファウスト」偉大なリア充文豪ゲーテ
1774年、ドイツ文学に「疾風怒濤」が吹き荒れます。ゲーテが「若きウェルテルの悩み」を上梓したのです。ゲーテの一連の作品はシューベルト「魔王」の原詩となり(音楽の授業で「お父さん!」連呼したアレです)ナポレオンもゲーテ愛読者。ナポレオンは実際にゲーテに会ったとき「ここに人有り!」と叫んでいるほどです。
純情多感な青年ウェルテルが人妻ロッテに叶わぬ恋をし、自殺するこの物語は、憂鬱にゆれる青年たちのハートを射抜きます。ウェルテルが作中で自殺するときに着ていた衣装でピストル自殺をする青年が続出するという「ウェルテル現象」まで起こるなど、ほとんどカルト的な勢いで愛読されたのです。文学が現実世界に干渉する、という驚異的な出来事ですが、優れた文学って歴史にまで干渉するんですね。
たいてい「傑作」を書いてしまうとそのあと才能が枯れてしまうものですが、ゲーテはその後「ヴィルヘルム・マイスターの修行時代」「ヘルマンとドロテーア」など力作を発表する他、構想30年、壮大な叙事詩「ファウスト」を書き上げています。新しい文章と新しい人間観を構築した偉大な文豪。小説のほか、ワイマール公国の枢密顧問官を務めるなど、公私ともに勝ち組なリア充作家としても着目したいところです。
まるでマニフェスト!?政治肌文豪ヴィクトル・ユゴー
文学史の御大のご登場です。「ノートルダムの鐘」「レ・ミゼラブル(あゝ無情)」「死刑囚最後の日」などの作品で燦然と歴史に輝く、ヴィクトル・ユゴー。彼はヨーロッパ激動の七月王政からフランス第二共和政までを生き抜き、政治家としても盛んに活動した行動派作家です。
ユゴーの小説は絵本やアニメ、映画などで子供のころに親しんだ方もいるかもしれません。筆者は大人になってからユゴーの作品を読んでみて驚きました。「レ・ミゼラブル」では物語そっちのけで延々と政治論を語るのです!主人公ジャン・バルジャンの行方を手に汗握って読み進め、さあどうなる!と第2部に移るも、唐突にユゴーはワーテルローの戦いについて語り……クライマックスのいいところでパリの下水道について論じ……。
ユゴーは本質的に政治家であったため、作品そのものがマニフェストのような趣を持っています。とはいえ、やはりとんでもなく面白く、キャラ立ても秀逸で手に汗握る物語を綴るストーリーテラーとしては超一級。共同体が崩壊するフランスないしヨーロッパの世界を見つめ、人道的立場に立ち続けたユゴーの作品群は西洋世界の倫理観にも強く影響しています。