イギリスヨーロッパの歴史

大戦最中自ら陣頭に立った国王「ジョージ6世」をわかりやすく解説

大戦の主導者として

こうして始まった第二次世界大戦。第一次世界大戦な長期戦になると踏んでいたイギリスでしたが、ポーランドを降伏させたドイツ軍は1940年に黄色作戦を開始。ドイツ軍はこの頃電撃戦と呼ばれる手法を取っており、飛行機や戦車を駆使しながら一気に敵を潰す戦法をとっており、これによってフランスは1940年に降伏する事態に追い込まれてしまいます。

さらに、ドーバー海峡というイギリスの最強の防壁があるものの、空となれば話は別。上陸こそしていないものの、首都ロンドンにはドイツ軍の爆撃が日夜行われるようになっていき、さらにUボートによってイギリス本土を包囲するとイギリス自体が飢餓寸前となってしまいます。

イギリス政府はジョージ6世ら王室をバッキンガム宮殿からスコットランドへと疎開するように提案するのですが、国民を見捨てることになるとしたジョージ6世はこれを拒否。

国王は国民と同じ配給の中で生活をし、さらにはバッキンガム宮殿に爆弾が落ちてもそこから離れないなど国民のために動くようになります。

さらに、1941年になって空爆が落ち着いたのも束の間。今度は日本軍が香港やマレー半島といったアジア方面の重要拠点を喪失するとジョージ6世はイギリス本国や戦争の最前線に足しげなく運び、国民を鼓舞していきました。

このこともあってかエドワード8世の頃に失墜しかけていたイギリス王室の信頼はジョージ6世の尽力によって国民から再び愛される象徴となっていきます。

そして1945年にドイツが降伏するとバッキンガム宮殿に100万の国民が集結し勝利をともにしたのです。

揺れ動くイギリス

こうして第二次世界大戦でも戦勝国となったイギリスでしたが、ドイツ軍の空襲やアジア植民地の日本軍による制圧もあってかつて世界全体を支配していた大英帝国はぼろぼろの状態となっていきます。

特にアジア方面での独立運動は日に日に激化していき、1947年にイギリス領インドがインド連邦とパキスタンの二国に分離独立。これを皮切りにビルマアイルランドが次々と独立していき、イギリスは大英帝国からイギリス連邦へと変化していくようになります。

さらには南アフリカのアパルトヘイトが激化していくとジョージ6世はそれに激怒。これによってイギリスと南アフリカは急速に関係が冷え込み1961年に南アフリカはイギリス連邦から追放されることになります。

さらにはアフリカ植民地も次々と独立していったことによってイギリスはかつての威信を失うことになっていくのでした。

病と死

第二次世界大戦というイギリスの分岐点に国王となったジョージ6世。本来慣れていない仕事に徐々にストレスが溜まっていき1947年から日に日に体調は悪化していくことになりました。

さらには父と同じくヘビースモーカーだったこともあり、1950年以降基本的に公務は長女であるエリザベス王女が行なっていくことになります。

そしてその後も体調は復活せず1952年に療養先のサンドリンガム御用邸でひっそりと崩御。56歳という短い生涯でした。

ジョージ6世の死後と彼が残した功績

image by PIXTA / 60005012

ジョージ6世が崩御したのち、娘のエリザベス2世が女王として即位することになりました。

ジョージ6世はエドワード8世ですっかり落ち込んでしまった王族の人気を再び取り戻し今の人気の礎を築いたのです。

ジョージ6世はまさしくイギリス王室を救った人だったのですね。

1 2
Share: