小説・童話あらすじ

シェイクスピア著、喜劇の傑作『ヴェニスの商人』をわかりやすく解説!単純な勧善懲悪の物語では終わらない…?

3-2脇役も主役に変身?

当時の地中海で勢力を奮っていたオスマン・トルコと覇権を争っていた海洋国家ヴェニス(ヴェネツィア)と架空の都市ベルモントを舞台に、どんどん状況が変化し読み応えのある物語です。シェイクスピア作品には、脇役にも大切な役割が与えられています。ヴェニスの商人に出てくる登場人物も、それぞれに違った役割を持つ大切な存在で、自分自身の環境から逃れ、他の生き方をしてみたいともがいているようです。

ヴェニスの白人バサーニオを中心に、そのすぐ外側にユダヤ人のシャイロックとジェシカ父娘を、ヴェニスから離れたベルモントには征服の対象とされるバサーニオが愛するポーシャを置き、冷徹で経済的数式の支配が描かれています。

1814年の舞台で、シャイロックをエドマンド・キーンが、悲劇の主人公として演じて以来、頭を使わず楽しめる喜劇から、ユダヤ迫害の歴史も纏った悲劇として深刻な宗教的悲哀も垣間見られる作品としても扱われるようになったようです。

3-3主人公は誰?

高利貸し業を営む「シャイロック」が、『ヴェニスの商人』の主人公と思った方は少なくないでしょう。実際に、映画や舞台などでシャイロックを主役として扱う作品も多いので、誤解されている方は結構いらっしゃいます。でも、登場人物の紹介で記載しました通り、アントーニオが主役です!

アントーニオが主役だから喜劇として成り立ちますが、シャイロックを主人公とすればまさに悲劇となるんです。多分、彼が歴史的に迫害されてきたユダヤ人だったから、当時は可哀想な人物という目で見られなかったのだと思います。本人の偏った考え方に問題はあるも、お金を貸してあげて、全財産を失うんですもの。シャイロック本人も第三幕法廷のシーンで、“Hath not a Jew eye’s? Hath not a Jew hands, organs, dimensions, senses, affections, passions?(ユダヤ人には、目がないっていうのか?手がないっていうのか?耳や口や、五体がないっていうのか?感覚が、感情が、情熱がないっていうのか?)”と、怒り奮闘で訴えています。

また、娘ジェシカの存在は許せないかも。ポーシャとネリッサがヴェニスで裁判を繰り広げている時、ジェシカとロレンゾは豪華な屋敷で留守番をしています。父が生きるか死ぬかの瀬戸際なのに、愛の逃避行なんて…!シャイロックを懲らしめるにしても、このシチュエーションは行き過ぎでしょう。父の改宗により自分もユダヤからクリスチャンになったことを、悲しく思ったのでしょうか?ユダヤ民族にとって、ジェシカは完全な裏切り者といえるでしょう。更に、物語に躍動感を持たせるためにも、アントーニオを主役にした喜劇より、シャイロックをセンターに置く悲劇の方がしっくりくるかも…。

3-4白人社会の差別的偏見

「箱選び」は、いかにもファンタジーに登場しそうな運命の選択。ここには白人社会の根強い偏見が隠されているようです。家長である父親の権限の象徴で、自由を束縛された女性に対し、自分の意志で「箱選び」をするか否かを選べる男性を見れば、男女の差別が当たり前だったのでは?でも、「箱選び」をしくじった男性は、家長となる資格を奪われる責任の重さも見えます。

この「箱選び」には人種差別の意味もあり、金の箱はアフリカ、銀の箱はスペイン、鉛はヴェニスの立場も丸見えです。モロッコ皇太子が「黒人を嫌わないで」と懇願するシーンがあり、白人貴族女性の結婚相手に相応しいとは思えません。イベリア半島のイスラム侵略で追われたキリスト教徒が、11世紀に建国したのがアラゴン王国。とはいっても、イスラム教文化の影響下にあったことは間違いなく、「曖昧なイスラム」といえるでしょう。ポーシャの言葉からも推察されるように、「銀の箱を選ぶアラゴンは肌の色は白いけど、頭は劣等人種以下で英語も話せない」と、モロッコより下に見ています。

ヴェニスの白人バサーニオは、結婚に成功する「鉛の箱」を選ぶために描かれた人物だといえるでしょう。というより、ポーシャがいかにも鉛の箱を選んでといわんばかりに歌う歌詞には、”見かけと内実の違いを感じて”と意味ありげに歌う姿を連想できるのです

一方、ユダヤ人の娘ジェシカは、ヴェニスの白人ロレンゾと、駆け落ちをするほど惹かれあう、差別を超えたユートピア的な結婚に見えます。キリスト教徒同士の結婚とは違い、子孫に繋がる思いや先への希望さえも聞けません。シェイクスピアは、異教徒の間に子孫の話はご法度と思っていたかのようです。また、ポーシャの裁判シーンでもキリスト教徒を上に見る、宗教差別的な言葉が何度も語られます。

喜劇として喝采される『ヴェニスの商人』は、イタリアの都市国家ヴェニスでの差別を描いた問題作

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By Sir John GilbertEmory University, GA, USA, Public Domain, Link

バサーニオの一人勝ちを描いた喜劇なのに、冷酷なシェイクスピアの本心が表面化しています。シェイクスピアにとってシャイロックは、ユダヤ人への偏見の象徴であり人殺しも平気で犯す、欲深いユダヤ人としての存在でしかないようです。やっぱり、『ヴェニスの商人』を面白く読むには、シャイロックを主役として読むのが一番かも。ぜひ、違った目線で読んでみてはいかがでしょう。

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