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【文学】夏目漱石「草枕」の真実とはー謎を解く鍵は絵画 ミレー『オフィーリア』

夏目漱石、初期の名作と評価される『草枕』。読んでみても、なんだか雲をつかむような話だと感じる方も多いのでは?この小説、ある「絵画」に、作品を紐解く鍵があるんです。芸術・文学というものを命がけで追求した文豪、夏目漱石。小説の皮をかぶっておきながらこの作品、実は……。小説『草枕』の真実って?美しい文章と美しい情感で魅せながら、不可解でもあるこの作品の謎解きをご一緒に。

【あらすじ】夏目漱石『草枕』

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『草枕』は夏目漱石が1906年(明治39年)に発表した作品。彼の真の処女作『坊っちゃん』が上梓されたのが同じ年ですから、作家として本当にピカピカの1年生だったわけです。漢語を活かした見事な文章の描写は圧巻、しかし読んで困惑するのではないでしょうか。どういうふうにこの作品を捉えればよいのだろうか……と。まずは『草枕』のあらすじを辿っていきましょう。

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「草枕」著名な冒頭をご紹介

 山路やまみちを登りながら、こう考えた。
 に働けばかどが立つ。じょうさおさせば流される。意地をとおせば窮屈きゅうくつだ。とかくに人の世は住みにくい。
 住みにくさがこうじると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいとさとった時、詩が生れて、が出来る。
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りょうどなりにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容くつろげて、つかの命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命がくだる。あらゆる芸術の士は人の世を長閑のどかにし、人の心を豊かにするがゆえたっとい。

田舎の温泉街に伝わる乙女の伝承、不思議な女・那美さん

このようにはじまる小説『草枕』。語り手にして主人公は絵描きにして、俳句もひねる詩人です。つまりこの作品は小説の皮をかぶった、明確な芸術論の物語。そう読み解くと、すべてがつながります。舞台は小さな田舎の温泉街です。

主人公は洋画家、つまり西洋画の絵描き。彼は土地の人から、「長良(ながら)の乙女」の伝承を聞くことに。2人の男に言い寄られて池に身を投じた美しい娘……。その話の延長で、「那美さん(作中では、御那美とも)」の噂を聞きつける主人公。恋人との結婚を許されず、無理やり親の望む男に嫁がされたものの、夫の零落と同時に離縁したという、いわゆる出戻り娘です。

湯治場として滞在することとなった家で、主人公の前にあらわれる不可思議な女性、それが家の娘である那美さんでした。不可解で、狂人とも土地の人がささやく那美さんとのやりとりが、『草枕』の軸となります。田舎でのんびりとした時を過ごしながら、スケッチをしたり俳句をひねったり、ゆったりとした時間を過ごす主人公。那美さんについて土地の人から様々な噂を聞きながら……。

謎の女に絵描きが見出したものとは

主人公の絵描きを通じて、さまざまな芸術論が繰り出される『草枕』。実際のところ作中の絵描きはいわゆるスランプだと推察されます。那美さんを見るたびに、主人公は頻繁にミレーの絵画「オフィーリア」を彷彿とするのですが……那美さんの内面が「統一されていない」がゆえに印象が散漫と感じるのです。見事な観察眼や描写力も『草枕』の魅力。

那美さんは実際、神出鬼没だったり、言い寄ったお寺のお坊さんを押し倒そうとしたり、勝手に主人公の詠んだ俳句を添削しかったり……そんな彼女は絵描きに、自分の絵を描いてほしいと頼みます。しかし主人公は描けないと言って首を振りました。

こののどかな田舎にも、時代の事件は押し寄せます。日露戦争に出征する那美さんの親族の見送りに出ることに。戦地へむかう青年の姿が汽車に乗り故郷を去る、その瞬間、那美さんにある「陰」がさして……主人公はようやく『あるもの』を獲得するのです。味わえば味わうほど沁みる、漱石の思索の結晶。

作品を紐解く鍵となる絵画、ミレーの「オフィーリア」って?

美しい絵ですね。19世紀英国の画家ミレー「オフィーリア」です。漱石が絵画好きであるということは、漱石作品を読んでいるとわかってくること。漱石がロンドン留学時代に、このミレーの絵画を見ていても不思議ではありません。さてこの「オフィーリア」が『草枕』読み解きの鍵となります。一体どんな絵画なのでしょう?

ミレー「オフィーリア」ってどんな絵?

描いたのは19世紀イギリスの画家、ジョン・エヴァレット・ミレー(ミレイとも表記)卿。「ラファエル前派」という派の画家です。ラファエル前派は古典を題材にした絵が多い(ちなみに女の子の描き方が超カワイイ)のですが、この作品の題材であるオフィーリアは、シェイクスピアの悲劇『ハムレット』の登場人物。

オフィーリアに惚れこんだハムレットは恋のあまり発狂にまで至ってしまいます。また彼女の父が殺された直後、彼女も狂気に陥ってしまいました。最期は川で溺死します。どこか『草枕』の長良の乙女の伝承、そして那美さんが結婚できなかった恋人のエピソードとつながるような……。

ミレーの『オフィーリア』は草花萌え、鳥歌う美しいせせらぎの中に流れていく美しい、発狂した乙女の死体を、死という残酷な現象ゆえに幻想的に昇華しています。さらにはすさまじく緻密な風景描写、イギリスの空気の温度や湿気まで伝わるようです。発表当初は「ドブに沈んだオフィーリアとかないわ」というような批評が多かったものの、その自然の描写力や正確さが次第に評価されるようになり、ラファエル前派を代表する名作と評価されています。

作中ミレーの絵画「オフィーリア」を彷彿とさせる描写も

不思議な事には衣装いしょうも髪も馬も桜もはっきりと目に映じたが、花嫁の顔だけは、どうしても思いつけなかった。しばらくあの顔か、この顔か、と思案しているうちに、ミレーのかいた、オフェリヤの面影おもかげ忽然こつぜんと出て来て、高島田の下へすぽりとはまった。これは駄目だと、せっかくの図面を早速さっそく取りくずす。衣装も髪も馬も桜も一瞬間に心の道具立から奇麗きれいに立ち退いたが、オフェリヤの合掌して水の上を流れて行く姿だけは、朦朧もうろうと胸の底に残って、棕梠箒しゅろぼうきで煙を払うように、さっぱりしなかった。空に尾を彗星すいせいの何となく妙な気になる。

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