その他の国の歴史中東

古代イランで信仰された「ゾロアスター教」とは?元予備校講師がわかりやすく解説

現代のイランは、かつてペルシアと呼ばれていました。ペルシアは古代文明の源流の一つであるメソポタミア文明の影響を受け、早くから高度な中央集権国家が成立した地域です。そのイランで多くの人々の信仰集めたのがゾロアスター教でした。今回は拝火教ともよばれる古代イランの宗教、ゾロアスター教について元予備校講師がわかりやすく解説します。

古代イランの諸王朝とイスラム勢力によるイラン征服

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古代イランには紀元前から高度な文明を持った国家が作られていました。強大な力で西アジアの各地を支配したアケメネス朝ペルシア。ギリシアから西アジア、インダス川沿岸まで征服したアレクサンドロスの帝国とその後継者にあたるセレウコス朝シリア。たびたびローマ帝国と戦ったパルティア。シルクロードの中継貿易で繁栄したイラン人国家のササン朝ペルシアなどが繁栄します。

古代の大帝国、アケメネス朝ペルシア

ペルシア湾に近いファールス地方出身のアケメネスが勢力を拡大。紀元前550年にキュロス2世がメディア王国を滅ぼしアケメネス朝ペルシアが成立します。

アケメネス朝ペルシアの最盛期はダレイオス1世の時代。ダレイオス1世は各地を20の州に分割し、都からサトラップとよばれる知事を派遣して統治させました。

それだけではなく、サトラップが勝手な行動をしないよう、「王の目・王の耳」とよばれる監察官を派遣して、統治をチェックさせます。さらに、王国の幹線道路である「王の道」を設け、駅伝制を整備しました。

アケメネス朝ペルシアは異民族に対して寛大な支配をおこないます。アケメネス朝ではゾロアスター教を保護しますが、多民族には強制しません。また、ユダヤ人をバビロン捕囚から解放するなど、寛大な統治に終始しました。

紀元前500年ころから、ギリシアの支配を狙いペルシア戦争を戦いますが敗北。ギリシアに領土を拡大できませんでした。

アレクサンドロスの征服とセレウコス朝シリア、パルティア

紀元前336年、ギリシア北方にあったマケドニア王国の王となった若きアレクサンドロス大王はギリシアのポリスを結集し、ペルシア帝国に戦いを挑みました。いわゆる、アレクサンドロスの東方遠征です。

天才的軍人でもあった若き王はペルシア王ダレイオス3世が組織した大軍を幾度となく撃破。ついに、アケメネス朝ペルシアを滅ぼしました。

しかし、大王は紀元前323年に33歳の若さでこの世を去ります。大王の領土をめぐって配下の将軍たちが後継者戦争(ディアドコイ戦争)を戦い、帝国は3分割されました。

旧アケメネス朝ペルシアの領域はセレウコス朝シリアが受け継ぎます。紀元前255年、セレウコス朝の東部領土がバクトリアとして独立、続いてイラン部分がパルティアとして独立しました。パルティアは勇猛な騎馬民族の国家でローマ帝国ともたびたび戦います。

ゾロアスター教を国教化したササン朝ペルシア

パルティアが衰退したころ、農耕イラン人がペルシア地方に新たな国を作ります。それが、ササン朝ペルシアでした。ササンの名の由来はよくわかっていません。一説にはアケメネス朝の子孫とも、地方の有力者ともいわれます。

ササンの子孫であるアルデシールはイラン高原各地を次々と制圧。パルティア王との戦いにも勝利し、ササン朝ペルシアの力を高めました。

アルデシールはゾロアスター教を国の宗教と定めます。各地でバラバラに信仰されていたゾロアスター教を一本化したうえで国の保護を与えました。

ササン朝は5世紀に遊牧民エフタルの侵入で衰えましたが、6世紀中ごろに現れたホスロー1世の下で最盛期を迎えます。

イスラム勢力によるイラン征服

ササン朝ペルシアとビザンツ帝国の戦いが激しさを増すと、イランを経由する陸上交易路は衰退し、アラビア半島を経由する海上交易路が繁栄します。このとき、貿易の中心地となったのがメッカメディナといった紅海沿岸の都市でした。

メッカ出身の商人であるムハンマドは神からの啓示を受けたとしてイスラム教を創始します。ムハンマドがアラビア半島を統一したのち、彼の後継者であるカリフはエジプト、シリア、イランに勢力を拡大させました。

642年、イスラム軍とササン朝の軍がニハーヴァンドで戦います。戦いの結果はイスラム軍の勝利。ニハーヴァンドの戦いで敗北したササン朝は勢力を立て直すことができず、651年に滅亡しました。以後、イランのイスラム化が急速に進みます。

ゾロアスター教とはどのような宗教なのか

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ゾロアスター教は古代イランの人々に深く信仰された宗教で、別名を拝火教とも中国では祆教ともいいます。聖典『アヴェスター』や善悪二元論、最後の審判など後世の宗教や思想にも大きな影響を与えました。ゾロアスター教徒の多くはイスラム勢力のイラン征服後にイスラム教に改宗します。しかし、一部の人々は進行を維持し現在でもゾロアスター教の信仰は生き残りました。

開祖ゾロアスター

ゾロアスターは英語読みです。ペルシア語読みならザラスシュトラ。ドイツ語読みをするとツァラトゥストラですね。ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』でも有名です。

古代イランの神官の家系に生まれたゾロアスターは、30歳の時、善神「アフラ・マズダ」からに出会い、啓示を受けたとされました。ゾロアスターは正義を求めるものは天国へ行き、不正をすれば地獄に落ちると唱えます。

生まれによって死後の世界も定まると考えられていた古代イランの原始宗教とは異なる考え方で、最初は迫害されたようですね。多神教が当たり前だった古代イランで、信じるべき神は善神アフラ・マズダのみとするゾロアスターの教えは斬新であり、のちのユダヤ教やキリスト教にも大きな影響を与えます

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