小説・童話あらすじ

【文学】谷崎潤一郎「痴人の愛」ドM文豪が放った、踏みたい、踏みにじられたい!の物語

「大谷崎」(おおたにざき)と呼ばれ、そして日本文学の作家でも超絶ドM!マゾヒスト!足フェチ!として名高い、変態文豪・谷崎潤一郎。大正期から昭和にかけて日本文壇で大きな地位を得た、その大谷崎の代表作『痴人の愛』。「ナオミズム」という言葉さえ誕生したこの名作。踏まれたい!わかる!と毎回読みながら拳を握る人あり、バカだこいつ!と爆笑する人あり。ちなみに筆者は、前者。変態ってすばらしい。今日はそんなお話です。

【あらすじ】痴人の愛

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『痴人の愛』……なかなか禍々しい字が使われたタイトルですね。15歳の少女ナオミを見初めた28歳のサラリーマン、河合譲治。2人の奇怪な「夫婦」の物語、と言いたいところですが、踏まれたい人間が奴隷になるまでの心の葛藤のおはなし。直接的な描写はありませんが、ビリビリにじみ出る肉欲は読み手をドキドキさせます。日本文学に燦然と輝く、変態で狂おしい純文学。どんな小説なのでしょう。

「西洋人のような」少女を自分好みに育てたい!

電気技師のサラリーマン、河合譲治がカフェーで見初めたのは、15歳の少女ナオミ。彼はそのとき28歳でした。光源氏と紫の上の昔から、男が女を教育するのは夢なのでしょうか。しかし譲治は社内で有名な「君子」のあだ名をとるマジメくん。このエキゾチックで美しい少女に教養を身に着けさせ、理想の妻にしよう!2人は入籍し正式な夫婦となったのでした。

「友達のように暮らそう」と譲治は言いました。そもそも譲治はなぜナオミを引き取ったかというと「まるで西洋人のよう」だったから。目鼻立ち、それに名前――。お見合い結婚で家長に主婦、というような当時一般的な夫婦の形を嫌った譲治は「ナオミちゃん」「譲治さん」と呼びあって、いつまでも恋人のように、おとぎ話のように暮らそうとしたのです。

さて彼はナオミに教養を身に着けさせるために英語や音楽を習わせます。全身全霊でナオミに惚れこむ譲治。彼女は豪華な着物をこしらえさせ、妻らしい主婦らしい仕事は一切せず。ナオミの言いなりになっていく譲治は、彼女とダンスを習うようになります。やがてナオミの増長、暴走、いえ本性があらわれはじめるのです。

奔放にして自由すぎる、人間でないヒトの姿

ダンスホールにデビューしたナオミ。彼女は不良学生たちの間で崇めたてられます。それも、マドンナ的な存在なんて清らかなものではなく……譲治の予想の先を行き上を乗り越える、スゴイ淫乱な生命力で、男性たちの頂点に君臨していくのです。ちなみに新潮文庫の注釈では彼女につけられた「共同便所」と推察されるとのこと。意味は、お察しください。

譲治はじめ読者が想像したくない、あんなことそんなことを、軽々とこなすナオミ。譲治はナオミに焦がれ執着し嫉妬するあまり、仕事もろくろく手につかず、社内での評判はガタ落ち。親にウソをついて実家から大金を取り寄せる始末。それを横目に譲治をいいように使っていくナオミ。怒りをついに爆発させる譲治でしたが、ここが彼が人間でいられた最後の境界線でした。

ナオミが譲治にその境界線を超えさせたクライマックスは、圧巻の一言。まさしく日本のまさしくファム・ファタール。女に食われたのか、女に食わせたのか。爆笑するか、イラつくか、悶えるか。人生で一度は読んでおきたい、R15日本文学。

『痴人の愛』が書かれた背景は?~作家本人編

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『刺青(しせい)』『少年』などから始まった谷崎潤一郎の作家人生ですが、その最初からドのつくマゾヒスト根性ムキダシで勝負しにかかってきました。ふだん人が眼を背けている本当の欲望、踏まれたい、踏みたい、愉しみたい。そんな欲望をMAXに小説として展開する谷崎潤一郎ってどんな作家だったのでしょうか?また、こんな人外レベルの女・ナオミを創造した背景には、あるモデルが存在するのです。

谷崎潤一郎ってどんな作家?

「日本の小説(とりわけ純文学)は結局、私小説」という言葉があります。自然主義小説からはじまって、作家の私生活(それも、けっこう乱れた)を赤裸々に書くのが「文学」とされていた日本(今も?)。そこからほぼ完璧に超越した、私生活と作品とを切り離しつつ作家本人の欲求を小説にするという、この時期の小説家としては谷崎潤一郎は異色の存在です。

明治19年、東京の財産家のもとに生まれますが、家業が傾いていく中で育った谷崎少年。彼が文壇にあらわれたのは明治43年。谷崎という作家はその後、大正期のハイカラな文化と西洋への憧れに揺れる日本の空気の中で育ちました。しかし関東大震災で被災、関西に移り住みます。そこで日本の古式ゆかしい美しさに惹かれてゆくのです。

彼の代表作は他に『春琴抄』『卍』など。一方で『少将滋幹の母』『三人法師』『細雪』など、マゾでもエロでもない、清らかで豊潤な世界を描く傑作もたくさん残しています。晩年には、老いとセックス、性を描いた『鍵』『瘋癲老人日記』を上梓しましたが、超高齢時代の日本のお手本になるような名作なので、こちらもぜひ。

「踏んだ」女の正体は?性の不一致が生んだカオスなシチュエーションと傑作小説

さてそんな谷崎潤一郎を愛した、じゃなくて踏んだ女。『痴人の愛』にはなんとモデルが実在します。相手は、彼の妻・千代子の、妹・せい子。2人が肉体関係を結んだとき、せい子は14歳。妻の妹を好きになってしまうという、なかなかインモラルな感じのシチュエーションですが、しかもこの相手がただの女ではなかったのです。

そもそも谷崎潤一郎と千代子が結婚したときに、ついでに引き取ってやったのがせい子。彼は妻の妹、つまり自分の身内になった少女を、音楽学校に通わせるようにしたのでした。谷崎潤一郎がせい子に恋した背景には、妻との夜の夫婦生活がうまくいかなかったことが要因に挙げられます。性の不一致はいつもどこでも諍いの元ですが、欲求不満の谷崎を、エキゾチックかつ奔放な少女・せい子は魅了したのでした。

しかも同業者、作家の佐藤春夫が、谷崎の正式な妻・千代子を不憫に思って想いを寄せはじめるというカオスが展開されます。結局この状況は谷崎がせい子からフラれたこと、千代子が佐藤春夫との恋で美しくなってしまって「やっぱり妻とはやり直す」と夫の谷崎が言い出したことなどあって、破局。せい子はその後、葉山三千子としてキネマ女優になりますが、俳優にして監督、脚本家のイケメンと駆け落ちして去っていきました。この魔性の女は1996年、94歳に老衰で亡くなっていますが、わりと最近までご存命だったのですね。

痴人の愛がウケた背景は?~人の事情や欲望編

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「踏みにじられたい」そんな欲望を持っている人は、実は多いのかもしれません。同時に「踏んでやりたい」とムズムズする人も、けっこういるのでは。だからこそ『痴人の愛』をはじめとした谷崎潤一郎作品はこよなく愛され続けるのです。でもノーマルな方はわからないかもしれません、「それ、何が楽しいの?」って。さらには『痴人の愛』で連呼される「西洋人」というワード……さあ読み解いて参りましょう。

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