【文学】夏目漱石「草枕」の真実とはー謎を解く鍵は絵画 ミレー『オフィーリア』
if……「もしもミレーの『オフィーリア』の絵を成立させるとしたら」
筆者は『草枕』をトータルで10回近く読み返していますが……9回目あたりで気づいたのです。この作品は、「名画オフィーリアを描くためには、何が必要か」という「if」を描いたものではないのか、と。漱石は本質的に文章の人間です。俳句もひねり漢詩も作り、散文である小説も素晴らしいものを書く。しかし創作というものは一筋縄ではいきません。
名作絵画「オフィーリア」は、本当に世俗の穢さやナマの感じを超越した、すさまじい作品です。唄うように手をかかげ、半開きになった目と口、せせらぎにたゆたう灰色のドレス。特にオフィーリアの表情はあまりにも現世の俗念を超えた領域にあります。さてここで創作家はこう考えたりもするのです「どうやってこれ描いたんだろう!」と。クリエイターってそんな生き物なんですよ。
「この絵画はどのように成立したのか?」漱石の中でそんな考えたふと湧いて出たのかもしれない、そう筆者は考えました。小説の皮をかぶって芸術論を論じ、「オフィーリア」成立までの物語を自分なりに妄想し、圧巻の文章力で小説にしてしまう。いや、やっぱり夏目漱石、スゴイ人物です。
漱石の芸術論の延長としての「草枕」
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夏目漱石というと、胃病なのにジャム1瓶なめるなどの可愛いエピソード、人によっては「月が綺麗ですね」発案者、などというイメージが強いかもしれません。しかし彼の真のキャリアは作家となる前にあると言って過言ではないのです、そう、イギリス留学。命がけで芸術なるものを追い求め、ここまで煮詰めた芸術家・文学者は日本の歴史に例を見ません。そんな漱石が『草枕』に託したものとは。
命がけで文学と芸術を追求した巨人・漱石
夏目漱石、小説家ピカピカの1年生と言いましたが、英文学の学者としてはるばる海を越えイギリスはロンドンまで留学、神経衰弱で発狂寸前までいったほどの熱意でもって、文学を追求したのです。ちなみに子供時代は実家の漢籍(中国の古典文学や思想書)を全制覇した超読書少年。死にかけて英国留学から帰ったのちに、血と汗と涙の結晶である『文学論』を上梓。
ガチで死にかけてまで、学問的に文学を追求した彼が、自分で実践に移して三流の作品ができるわけがない!夏目漱石は文学というものを理論的にも会得し、日本や中国の古典は片っ端から、その上英語など外国語も読みこなす読書超級者。
夏目漱石は文学・芸術というものに生涯を捧げて思索を続け、こう思ったに違いありません……芸術って、何なのか?いつの時代も芸術は存在しますが、ときは産業革命が押し寄せ資本主義が隆盛となった時期。お金にもならないし別になくても構わないのでは。それに対し、漱石の回答は。
生きづらい現実世界をなぐさめる、詩と画(え)
漱石は、正岡子規や高浜虚子に出会って、俳句を作り その延長でだらだらと書きはじめたのがかの『吾輩は猫である』です。その後「無用の人は無用の人として生きるべし」と覚悟を決めて、帝国大学教員の職をなげうち、小説家として歩みだしました。ちなみにその後、真剣になりすぎてストレスを溜め込み、胃潰瘍を悪化させてしまうのですが……根がまじめだったのですね。
そんな彼の中で、創作とはどんな位置を占めていたのでしょう?『草枕』が『坊っちゃん』と同時期に発表されたのは興味深いことです。
越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。
(――夏目漱石『草枕』より)
自然、恋、歴史、日常の延長として生まれる芸術。それを漱石は、生きづらい世の、「なぐさめ」ととらえたのです。事実漱石は、英国留学帰りの神経衰弱で半死半生だったところを、俳句や小説『吾輩は猫である』『坊っちゃん』の執筆で救われました。そして私たち読者も、現実を離れて小説世界で、なぐさめを得て現実に帰ってくることができるのです。
巨匠・夏目漱石の発想力に表現力、頭の中身ってスゴイ!
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明治、黎明期であった日本近代文学。その近代において、西洋と相克しつつ、日本ないし東洋の感性や可能性についてひたすら真剣に思索し、病気にまでなっちゃった漱石。初期の小説『草枕』が、創作論・芸術論、そして「あの絵は、どんなふうに創られたのかな」という妄想から誕生した……と考えると、さまざまなことがつながりませんか?しかし引き出しが多いといろんな作品書けるんですね。いやあ、すごいです。
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