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人の尊厳を無視した「民族浄化」とは?今こそ知っておくべき人類の愚かな行い

再燃した紛争と民族浄化

民族間の対立と混乱をうまく収束させたのがユーゴスラビア連邦大統領となったチトーでした。東西どちらの陣営にも与せず、民族間の融和に奔走し腐心したおかげで、彼の在世中は表だって民族間の対立は現出しませんでした。しかしチトー自身の個人的なカリスマ性と政治手腕によるところが大きく、問題を先送りにしたに過ぎませんでした。なぜなら彼の死後、民族問題は再燃したからです。

民族独立運動が高まるさなか、クロアチア人とボシュニャク人は独立を画策し、反対するセルビア人との間で不穏な空気が流れました。1992年、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府はセルビア人の反対を押し切って独立に関する住民投票を行います。納得のいかないセルビア人たちはもちろんボイコット。結果的にはボスニア・ヘルツェゴビナ政府はEC(EUの前身)や国連から承認を受け、主権国家としてのスタートを切るかに見えました。

そこで憤懣やるかたないセルビア人は、スルプスカ共和国を宣言してボスニア・ヘルツェゴビナからの独立を図りました。さらに大規模な軍事行動を起こし、ついに始まってしまった内戦。アメリカ国連NATOをも巻き込んで泥沼の様相を見せ始めた紛争は最悪の構図へ発展していきました。

1995年1月にいったん停戦となるもすぐに破れ、7月には悪名高い「スレブレニツァの虐殺」が起きてしまいました。セルビア人部隊が8,000人ものボシュニャク人を虐殺したこの事件は、3年前に同地で1,200人のセルビア人が殺されたことに対する復讐の意図があったのです。

同年12月、デイトン合意によってようやく戦闘が終息し、現在のところは3つの民族から選ばれた大統領評議会によって、議長が輪番で務める形になっています。そのおかげで公正性が保たれているのですね。

しかし民族や宗教に根ざす対立は根深いもの。その融和がずっと続くことを願わずにはいられません。

植民地政策が生んだ現代の悲劇【ルワンダ虐殺】

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ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は長い歴史の中で醸成されていった民族間対立でしたが、ルワンダ虐殺は近代における植民地支配がもたらした弊害がその原因となりました。さらにメディアによる民衆扇動とも相まって史上稀にみる悲劇となったのです。

民族間格差を生んだ植民地政策

ルワンダは主にツチ族フツ族、この二つの民族で構成されていて、過去何世紀にもわたって平和な時代を謳歌していました。しかしルワンダも例に漏れず欧米列強による植民地支配を受けることになります。

まずはドイツがルワンダを植民地とし、第一次世界大戦でドイツが敗れると、今度はベルギーがその地位に取って代わりました。少数派のツチ族を優遇し、中間支配層とすることで効率的に搾取しようとしたのです。

ツチ族に対しては「お前たちのほうが人種として優れている。」と吹聴したり、鼻の高いツチ族の人間を支配者層の地位に置くなど民族間格差を意図的に推し進めたのでした。刑務所で例えるなら、ツチ族が看守、フツ族が囚人といった関係性でしょうか。フツ族の中にもツチへの反発心が高まっていくことになります。

ルワンダの独立とツチ族への迫害

アフリカ諸国の独立への機運が高まっていた時代、知識人やエリート階層の多かったツチ族が独立運動の主役となりました。そのことに危惧を覚えた宗主国のベルギーはあろうことか多数派のフツ族を支援します。やがてルワンダが独立を果たすと、フツ族が政権を握り、かつて自分たちが受けたのと同じ迫害行為を今度はツチ族へ行いました。

その結果、数十万規模のツチ族の難民たちが国外へ脱出し、結成されたルワンダ愛国戦線は1990年にルワンダへ武力侵攻して内戦が勃発したのでした。

泥沼化した内戦に終止符が打たれたのは1993年のこと。難民たちの国内帰還が約束され、現地には警備のために国連平和維持軍が派遣されました。

そしてルワンダ虐殺へ

せっかくの和平合意もつかの間のことでした。フツ族出身の大統領ハビャリマナは融和派で、平和のためにツチ族との話し合いを続けてきましたが、何者かが大統領の乗った飛行機を撃墜してしまいます。

「大統領を殺害したのはツチによるものだ!」と決めつけ、フツ族を擁護する各メディアは一斉にツチ族への誹謗中傷やデマを流し始めました。また過激な攻撃的論調によってフツ族たちの集団心理を煽り立てたのでした。

そしてこの後100日間、80~100万人ともいわれるツチ族やフツ族穏健派が大量殺戮され、その多くは銃ではなく山刀によって殺害されたといわれていますね。また多くの女性や子供たちも襲われ、昨日までクラスメイトだった子が、今日には自分を殺しにくるという有様だったそうです。

ところが当事者のルワンダ政府は何もしませんでした。「ツチを排除すれば、ルワンダにおける全ての問題が解決する」と述べた閣僚もいたほどでした。

しかも虐殺から民衆を救うべきであるはずの国連平和維持軍も無力でした。当初は2500人いたものの国連決議によって300人までに人員を減らされ、自分たちの身を守るだけで精いっぱいだったそうです。

わずか25年ほど前に起こったこの恐るべき民族浄化は、日本ではほとんど詳細が報道されることはありませんでした。当事者意識はなくても良いのでしょうが、世界でいったい何が起こっているのか?やはり知らされるべき事件なのではなかったでしょうか。

決して「対岸の火事」ではないということ

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人間が人間を殺すこと。筆者は非常に嫌悪感を覚えます。この記事を執筆している時にも、何とも言えない虚無感に似たものに襲われることが何度もありました。良識があり優しい人間性を持った人間が、ある日突然殺人鬼になる。しかもそれを正しいことだと思っている。そんな恐ろしい状況は想像したくないものですよね。決して対岸の火事ではなく、誰にでも起こりうるものなのです。

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明石則実