日本の歴史昭和

「ダメ人間」イメージ払拭!あなたの知らない太宰治のマイナー名作6選をご紹介

女の腐ったような文章でメソメソとダメ人間人生を書いて、それでメシ食ってるダメ人間……それが太宰治。「人間失格」「斜陽」「走れメロス」などの名作で有名な彼、ですが!ちょっと待った。太宰はただのダメ人間じゃないんです!今回は太宰治の隠れた名作傑作を、自他ともに認める読書家で文章オタクの筆者がご紹介しましょう。あなたのイメージを覆す太宰治の世界が、待っていますよ。

太宰治ってどんなヤツ?

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「あれでしょ太宰って、玉川上水で心中した人でしょ?」うん当ってます。でもでもそれだけじゃないんです!輝かしい女性遍歴や乱れた私生活の姿のイメージが強い太宰。しかし多くの名作傑作を残した日本文学のまぎれもない巨人です。彼の略歴と当時の文壇の評価を駆け足で最初にご紹介しましょう。そこから垣間見える「太宰治作品」の魅力の正体って?

太宰治の作家人生略歴・作品の特長

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By 林忠彦 – 林忠彦 (1971年) 日本の作家 : 林忠彦写真集, 主婦と生活社 OCLC: 27954841., パブリック・ドメイン, Link

太宰治は明治42(1909)年、青森県の大地主の家に生まれます。本名「津島修治」。14歳のとき、昭和を代表する作家・井伏鱒二の作品を読み「座ってをられないくらい興奮」しました。感受性豊かで痛々しいほどのユーモアの持ち主だった修治少年。太宰治自身は井伏鱒二にとどまらず、芥川龍之介など多くの作家作品を耽読します。次第に自分でも物語を紡ぐようになりました。

それまでも別のペンネームで執筆活動をしていた津島修治が「太宰治」となったのは昭和8(1933)年。当時は同人誌の百花繚乱時代で、雑誌が誕生しては潰れ、掲載されては潰れの連続となります。自殺未遂や薬物・アルコール中毒、女性関係で乱れていた太宰の人生ですが、次第に彼の作品は安定したクオリティで生産されるようになり、文壇でも認められるようになっていきました。

彼にとっては世界で自分が一番最低な人間で、だからこそ全ての人が美しく善い人なのです。登場人物が、いやな部分や弱さを持ち合わせていてもみんないい人な、やさしい世界。そのため一種の安心感をもって読むことができるのも太宰治が愛される理由でしょうか。爆笑のコメディ小説「グッド・バイ」を未完のまま遺して、彼は愛人・山崎富栄と共に玉川上水で若い命を消します。1948年、わずか39歳。終戦から3年後のことでした。

文壇の太宰治の評価はどんなもの?

主催、菊池寛。選考委員は川端康成、佐藤春夫など綺羅星のごときレジェンドたち。純文学の賞「芥川賞」第1回選考が行われます。太宰治も候補の1人に上がっていました。しかし第1回芥川賞は別の作家が受賞します。太宰治もいいところまで行ったのですが芥川賞を逃した理由はズバリ「私生活、乱れすぎ」。

この時までにパピナール中毒、アルコール中毒、心中未遂、服毒自殺未遂と繰り返してきた太宰治の乱れた私生活。それに川端康成が苦言をていしたのです。これに対して太宰は小論「川端康成へ」を雑誌に投稿。「刺す。」とまで言い切り、選考結果に抗議しました。しかしその川端康成も、太宰31歳で書き上げた名作短編「女生徒」は絶賛。あの川端康成が褒めるってよほど太宰はスゴイやつだ!と仕事が殺到するようになります。

といっても太宰治作品は読む人をかなり選ぶのは事実。女が腐ったようなウジウジ小説を三島由紀夫は、わざわざ太宰治ファンクラブに乗りこんでいって太宰治本人に向かい「大嫌い」宣言するくらい嫌いでした。「人間失格」がウケるのが気に食わない!と、自身も後に「人間失格」と同じ形式の内面露呈小説「仮面の告白」を書き大成功をおさめています。

【読むと差がつく】みんな知らない太宰治の傑作小説6選

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「人間失格」「斜陽」「走れメロス」教科書にも載っている太宰治の名作たち。しかしあれらは、太宰治の多彩な実力のほんの一部分にすぎません。一般に知られているのは、うつ状態な時に書いた「ダウナー太宰作品」ですがここでは主に、気分が明るいときに書かれた「アッパー太宰作品」を紹介していきましょう。教養にあふれ、きらきらする感性と技術技法を駆使して、そして魂を削ってまで書かれた太宰のマイナー名作、6作品をご紹介。

「葉桜と魔笛」――きらきらとして美しく切ない奇跡のおはなし

数ある太宰治作品のなかで、最もカワイイ作品だと筆者が考えている短編「葉桜と魔笛」。お子様のいるご家庭では読書感想文にも推薦したい、清々しくもやさしい一編です。

【あらすじ】葉桜のころになれば、私は、きっと思い出します――日露戦争のころ、島根県の海沿いの町にて父と妹と暮らしていた「私」。不治の病である腎臓結核にかかった妹の余命はあとわずか100日。その100日目がすぐそこに迫った葉桜の季節のとある夕暮れ、妹のもとに手紙が届きます。姉妹のもとに起こった美しい奇跡とは。

書かれた時期は1939年。この年に太宰治は井伏鱒二氏の取り持ちで妻・石原美知子と結婚をします。新生活を契機に新たな明るい作風を開拓した太宰。1939年ごろの太宰作品はほとんどハズレがありません。この小説はきらきらした感性にあふれており、誰が読んでもジンとくる名作です。

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「右大臣実朝」――鎌倉幕府3代将軍・源実朝の和歌と悲劇と美しさを語った傑作

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太宰治が歴史小説を書いていたって知っていましたか?個人的に太宰治の小説の中でこの「右大臣実朝」がダントツで傑作です。太宰治作品のウジウジ感はなく、「アカルサハ、滅ビノ姿デアラウカ。」という一言に表される、美しくあわれ深い世界が広がります。

【あらすじ】鎌倉初期の最高の歌人の1人、百人一首にも選ばれている名歌人にして鎌倉幕府第3代将軍・源実朝(みなもとの さねとも)。彼の近く仕えていた少年侍が実朝を回顧する形で物語は進みます。疱瘡(ほうそう)の病や御家人たちの争い、朝廷との難しい付き合いなど政治的な混乱期に置かれながら、まるで神さまのようにまっすぐな、純粋な和歌を残した実朝。官位を右大臣まで上り詰めた源実朝の悲劇的な人生を愛情をこめて語るのですが、最後に実朝は……。

鎌倉時代初期の雰囲気を殺さないために歴史的仮名遣いで書かれている上に、役職名・人物名が複雑で時代背景を把握することも必要となってきますが、歴史好き・文学好きならば一度は読んでおいて損はない傑作。歴史の流れ、和歌への教養など太宰の深く広い知識が伺い知れる作品で、太宰治はただ自分の内面をグジグジ書いていただけではないんだ!と衝撃を受けますよ。

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「惜別」――学生時代の文豪魯迅と明治日本人のキュンキュン青春小説

中国近代文学の巨人・魯迅――本名・周樹人は22歳の時、医学を志して日本に渡り、その後仙台医学専門学校へ留学します。そんな歴史上の人物・魯迅がまだ「周さん」だった頃を、同級生のやさしい視点で描いた作品が「惜別(せきべつ)」です。

【あらすじ】これはある老医師の記録――六十になる老医師は、明治37年、仙台医学専門学校の新入生だった時代を思い出します。松島の遊覧船で出会った支那人(当時は中華民国建国前なので「支那人」と呼ばれました)の「周さん」・青森の田舎出身の語り手は、心地よい交友を育んでいくことに。やさしくてすぐ泣く語り手、おせっかいすぎる東京出身の同級生、そして恩師・藤野先生――周さんのノートを丁寧に1週間に1度直してくれる、解剖学の教師・藤野先生。日本はまさにその時、日露戦争真っ只中。活気に満ち清潔な緊張感に満ちた日本の姿を見て、周さんは何を思い、そして何が文豪・魯迅となる契機となったのか……。

魯迅は「藤野先生」というエッセイを書いており、本作はそれを寛骨堕胎して新しい景色に作り変えた名作。1945年に発表されましたが、内閣情報局と文学報国会の委託で書かれたものです。あとがきに記されているとおり多くの資料や協力を得て完成した本作の陰には、戦地へ出征し帰ってこなかった、文壇の先輩たちの存在も。巧みに反戦のメッセージが込められているようにも読めます。感動の青春物語です。

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