その他の国の歴史中東

ビールの起源と歴史とは?日本全国ご当地ビールもご紹介

ビール醸造法を画期的に変えた産業革命

現在のように電気も産業機械もなかった時代、ビール作りは常温で人力で行うしかなく、どちらかといえば効率の悪いものでした。そういった非効率さを画期的に変えたのが産業革命だったのです。

都市の労働者の急激なビール需要に応えるかのように、次々に革新的な技術が生まれました。醸造所に導入された蒸気機関は、10馬力の力で水の汲み上げや原料の粉砕を行い、作業の効率化が促進されることに。さらにアンモニアを使った大きな製氷機が開発され、これまで出来なかった真夏の醸造ですら可能になったのです。また、各地への輸送は蒸気機関車が担いました。

こうして美味しいビールが大量に作られるようになり、世界的な需要に伴って販路は拡大していきました。そして現在に至っているのです。

日本におけるビールの歴史とは?

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日本とビールとの関わり合いは意外と浅く、江戸時代末期だといわれています。現在に至るまでの日本のビールの歴史はどのようなものだったのでしょうか。

日本で最初にビールを作った人はオランダ商館長

江戸時代、日本で外国との玄関口となったのは長崎の出島でした。ここにはオランダ商館があり、日本との交易を取り仕切っていたのです。18世紀初め頃の商館長はドゥーフでしたが、祖国オランダがナポレオンによって占領されてしまったために連絡もままならず、物資も届かない状況になっていました。

ドゥーフが大好きなビールもいっこうに届かないため、困り果てることに。そこで彼は祖国から持ち込んだ家庭百科事典を基に、自分でビールを醸造しようとしたのです。苦心して白い泡のある液体を作ることに成功しましたが、ホップがどうしても手に入らないために長期保存は難しい代物でした。しかしそれは紛れもなく、日本で最初に作られたビールだったことに間違いはありません。

日本で産声を上げたビール産業

初めてビールを醸造した日本人は、川本幸民という蘭学者でした。彼は【日本化学の祖】ともいわれる人物で、様々は西欧の学問を学ぶ過程の中で、あくまで化学実験としてビールを製造したといいます。

その後明治維新となり、日本で初めてビール産業が産声を上げることになるのです。その人の名はアメリカ人ウィリアム・コープランド。初めは横浜に醸造所を置いて外国人居留地向けに製造していたそうで、明治14年になって日本人の口に合うようにとドイツ風ビールを醸造して販売を始めたのでした。

鉄道が全国へ広まるにつれて、彼の作ったビールも日本各地で飲まれるようになり、輸入ビールよりも安価だったこともあって大人気を博します。さらに日本人の弟子たちにもビールの醸造技術を伝授し、日本におけるビール産業の発達にも寄与したのでした。

また、同時期に薩摩出身の開拓使だった村橋久成が、イギリス留学の際につぶさに見たビール醸造を、ホップが自生する北海道の地でも成し遂げようと考え、【開拓使麦酒醸造所(のちのサッポロビール)】を設立したことで、ビール醸造の本場となる基礎を作ったのです。

日本各地にあるご当地ビールをご紹介

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ビールの歴史をみてきたところで、ここからは日本全国にあるご当地ビールを紹介していきましょう。別名クラフトビールといい、手作業で製造されている商品がほとんどなんです。ご紹介できるのはほんの一部のみですが、地方ごとに特色のあるビールが作られているようですよ。

ブナの森が育んだ水から生まれたビール【大山Gビール】

大山Gビールの画像はこちら!

鳥取県の久米桜酒造が大山ブルワリーで醸造しているビールが【大山Gビール】です。「大山の季節を感じられるビール作りを」をコンセプトに、とにかく水にこだわった逸品なのですね。

大山といえば天然水を製造している各メーカーさんの工場も多くありますし、大山ブルワリーでは400年かけて湧いてくる伏流水を使用していますから、本当に水にこだわっていると思います。さらに使用している大麦は【ダイセンゴールド】といって大山固有の二条大麦なんです。

特に限定ビール「八郷」は地元の酒米【山田錦】をブレンドし、フルーティーかつスパイシーな香味が豊かに感じられる至極の逸品!

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明石則実