教養歴史

悠大なナイル川のほとりで繁栄した古代エジプト文明の歴史についてわかりやすく解説

「エジプトはナイルのたまもの」と述べたのはギリシアの歴史家ヘロドトスでした。ナイル川の定期的な氾濫は上流から豊かな土をもたらしたため、エジプトは大農業地帯として発達。ナイル川は4000年も続く古代文明をはぐくむ母体となりました。今回はエジプト文明を考古学の区分に従い「古王国」、「中王国」、「新王国」に三分しそれぞれの特徴をわかりやすく解説します。

ピラミッドやスフィンクスがつくられた古王国時代

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エジプトを観光で訪れた人が誰しも目にするだろうピラミッドやスフィンクス。これら巨大建造物は古代エジプトでも最も古い王朝である「古王国」の時代に作られたものでした。ナイル川によってもたらされた豊かな土壌は高い農業生産を支え、巨大な建造物をつくる力の源となりました。

エジプトに君臨するファラオの誕生

ナイル川はアフリカ中央部を流れる世界最長の大河川。熱帯のビクトリア湖を源流とする白ナイルとエチオピア高原から流れ出す青ナイルがスーダンのハルツームで合流し、地中海に流れます。

ナイル川は現在のカイロ付近で数多くの支流に分かれ巨大な三角州を形成しました。カイロ以南のデルタ地帯は下エジプト、カイロ以北、アスワン付近までを上エジプトといいます。

古代エジプト人は下エジプトで灌漑農業を行い、ノモスとよばれる小国家をつくりました。やげて、ノモスは統一されエジプト古王国が成立します。古王国の王たちはファラオと呼ばれました。

ファラオとは太陽神ラーの代行者という意味で、エジプト特有の太陽神信仰に由来します。ファラオは強大な権力でエジプトを統治しました。

古代エジプト最初の都メンフィス

古王国はナイルデルタの頂点に位置するメンフィスに都をおきました。メンフィスは下エジプトの第1州の中心地で、下エジプトの物流の中心です。そのため、古代エジプト時代全般を通じて重要都市であり続けました。

メンフィスはエジプト上流である上エジプトと下流である下エジプトの結節点にあり、交通の要衝として機能していたからでしょう。

メンフィスはエジプトの神の一つであるプタハ神の信仰の中心としても繁栄します。プタハ神は世界創造の神とされ、壁画や死者の書では人間の姿で描かれました。

メンフィスのプタハ神殿はヘリオポリスのラー神殿、テーベのアメン(アモン)神殿とならぶ大神殿として信仰を集めす。

古王国滅亡後もメンフィスは重要都市であり続けましたが、ギリシア人の王朝であるプトレマイオス朝が海岸のアレクサンドリアを首都としたため、下エジプトの中心としての地位が揺らぎ衰退しました。現在、メンフィスがあった場所には町は存在しません。

古代エジプトの象徴、ギザの3大ピラミッド

古王国時代に建造された巨大建造物であるピラミッド。ファラオの墓とも巨大宗教施設ともいわれますが、正確な建造目的は今なおわかっていません。古王国時代のはじめごろ、第三王朝のジェセル王はメンフィス近郊のサッカーラに階段状のピラミッドを建造します。その後、第四王朝のスネフェル王は多くのピラミッドを建造しました。

スネフェルの次の王が有名なクフ王です。クフ王・カフラー王・メンカフラー王の三人はギザに大ピラミッドをつくらせたファラオとして知られます。最大のピラミッドはクフ王のもので、ピラミッドの底辺は230m、高さは146mもある巨大なものでした。

ピラミッドの周囲には太陽の船や王族・貴族の墓が並んでいます。また、三大ピラミッドと同じくギザにあるスフィンクスはカフラー王によってつくられたとする説がありますが、定かではありません。

テーベを都とした中王国時代

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ピラミッドの建造など栄華を誇った古王国では徐々に地方勢力が台頭します。その結果、古王国は衰退しエジプトは第一中間期とよばれる混乱期に突入しました。あらたにエジプトの統一を回復した第11王朝は古くからの都だったメンフィスではなく上エジプトのテーベを都とします。

中王国時代の都テーベ

テーベはエジプト国内でもナイル川の上流部に位置する都市で現在のルクソールにありました。中王国を創設した第11王朝はテーベ中心の政権だったため、中王国時代にはエジプトの首都として繁栄します。

中王国が滅亡した後、異民族を追い払って成立した新王国もテーベを首都としました。テーベはエジプトで重要な神として信仰されたアメン神の神殿が置かれた街です。アメン神は新王国時代には太陽神ラーと一体化し、アメン=ラーとしてさらなる信仰を集めます。

新王国時代になるとルクソール神殿カルナック神殿など世界遺産としても知られる巨大神殿が建てられました。

中王国時代、ナイル川のデルタ地帯はしばしば異民族の侵入を受けました。しかし、ナイル川をさかのぼった場所にあるテーベはデルタ地帯から離れていたため、異民族による占領を免れます。

オシリス神の神話

古代エジプトで重要な信仰の一つにオシリス信仰があります。オシリス神は死と再生を司る神で、古王国時代から信仰されていました。本格的に信仰が広まるのは中王国になってからです。

神話の中でオシリスはエジプトの王でした。知恵の神トトや妻のイシスに補佐され、農業を振興する善政を行っていましたが、それをねたむ弟のセトによって殺されます。

オシリスの遺体はセトによってバラバラにされナイル川に投げ込まれました。イシスはミイラ作りの神であるアヌビスと協力してオシリスの体を集めオシリスを復活させます。

そして、オシリスの子であるホルスを後見しセトから王位を奪還させました。その後、オシリス自身は冥界の神となります。オシリスは死後に復活したことから、復活と再生の神として信仰を集めました。

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