日本の歴史

【結婚の歴史】婚活が辛い!結婚ってする理由あるの?そんなあなたに贈る「結婚制度って何?」の答え

「なんで結婚なんてしなきゃいけないんだ!」30歳のリミットが近づくにつれて「結婚しろ」圧力が親をはじめ周囲からかかり始めます。婚活をはじめるも条件が良くない。恋愛したいけどろくな男・女がいない。そもそも家庭に入るより働いたり自己実現をしたい。生涯未婚率は右肩上がり。「婚活難民」なんて言葉も生まれ……結婚ってなんなんだ!そんなあなたに贈る、結婚なるものに納得のいく、そして婚活がつらくなくなる(かもしれない)コンテンツを今日はお送りします。

そもそも「結婚」って何のための制度?

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結婚を考えるとき「なんで結婚なんてものがあるんだろう?」行動の制限であり、束縛であり、プライベートの削減であり……いいことないじゃん。頭ではそんなことを考えてしまいますよね。そこには「個人の自由」「選択の権利」「生き方」を超えた意図があるのです。結婚制度とは何か?まずは整理していきましょう。ちなみに予告しておきますが……制度にロマンチックとか求めないでくださいね。

子供とお金と後継ぎと……結婚制度の真の姿とは

相当生々しい話になって恐縮ですが、人間の営みと生死について考えると、子供の存在や遺産の問題が出てくることを考えなければなりません。結婚制度の正体は、子供の養育権と、家の存続と、お金のやりとりです。

男女が交わると子供ができることになるわけですが、さて子供の親は誰で、誰が育てる義務があるのか?親にあたる人の死後、生前稼いだお金はどこへ?親子親族の関係性や立場を整理して、相続権を決める。 世の中はお金だけではありませんが、お金で争ったり人が救われたりするもの。たかが金、されど金です。

子供なんて作らないワとあなたやパートナーが言っているとしても、ちょっと勢いよく行きすぎたりして、できちゃうことも。こればかりはある種人知を超えた部分があるのですから。日本の結婚制度は特に「家制度」の影響が強いのが特徴です。時代遅れのようにも思えますが、今なお田舎では「長男次男」「墓守」「店(家)の跡取り」などの会話がふつうに交わされるもの。これらの関係の整頓をするのも結婚制度です。

神の言った「産めよ増えよ、地に満ちよ」の意図とは?

文化的・宗教的な部分から結婚の理由について見ていきましょう。世界一のベストセラーでありキリスト教世界の倫理規範「聖書」。これに基づくキリスト教的価値観は、今や世界のスタンダード的な扱いです。

旧約聖書「創世記」の有名な、アダムとイブの失楽園。楽園の知恵の実(=性的快楽の象徴)を得たアダムとイブは神の怒りを買い、エデンの園を追い出されます。その時神が2人にかけた言葉が「産めよ増えよ、地に満ちよ」です。アダムとイブは人類最初の夫婦となり、子供を産み育てました。

肉体関係はすなわち夫婦関係であり、夫婦関係は子供を作るためであり、子供を成す神聖な関係は神によって認められる。神様に認定された男女だからこそ子作りの行為が許される、とキリスト教ではそういう考えです。ここにおいても結婚は子供とコミュニティ形成のためのシステムとして位置づけられています。ちなみにこれに関連して、キリスト教では基本的に未婚の男女の肉体交渉(婚前交渉)はNG、罪となってしまう行為です。この価値観は西洋のマネっ子だった明治時代以降日本に浸透しました。筆者の祖母も「婚前交渉なんて……」と本気で口にします。結構ストイックですね……。

現在の民法では、浮気や不倫は違法行為

結婚を考える時なんとなく不安になる要素として、そう、不倫や浮気の問題もあります。人間の愛は続かないもの、生物的にも一夫多妻が合理的なんだゼと言われがちですが、それはそれとして現在の民法では、浮気は違法行為です。

婚姻関係には「貞操義務」というものがあります。配偶者以外の人物と肉体関係を結んだ時点で法律違反。不倫相手は「共同不法行為者」と位置づけられます。 一応不倫は罰則対象となりうるリスキーなことだと言うことは記しておかねばなりません。

恋愛の自由も封じられていいことないジャン、結婚。と思いがちですが、ここまで見てきたとおり婚姻関係とは、社会と他人に責任を持つことなのです。責任持つ大人になる儀式とも言えるでしょう。いつまでも私たちは子供のまま守られる存在ではいられません。愛とか恋とかはそれとして、社会に対して責任を持つことーーというのが、人類史上の「結婚制度」のメインコンセプトです。

【日本の結婚の歴史】フリーダムすぎる!ゆるい感じの結婚事情

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「結婚前に異性に肌を見せるなんて」「婚前交渉」なんて言葉がアラサー独身女子な筆者の祖母からは出てくるのですが、日本の古代から結婚の歴史をたどっていくと、驚くほど自由な世界が広がっていました。キリスト教的一夫一婦は、キリスト教倫理観が入ってきた明治期からの約150年、徹底されたのは戦後以降70年ときわめて短い歴史しか持ちません。日本人ってどんな結婚をしてきたのでしょうか?一夫多妻の世界って、どんなもの?

求婚歌バトル「歌垣」みんなはみんなのもの「夜這い」

国生みにはじまる「古事記」の神々に見られるとおり、生と性の喜びがあふれているのが日本の文化。その象徴が歌垣です。祭りの日に妙齢の男女が集い、恋の歌を詠みあって求婚します。歌の上手下手=言霊の強さで相手を打ち負かすという呪術的な要素もあるこの光景は、平安時代に全盛を迎える、日本の恋の和歌文化のはじまりともなりました。

「夜這い」も有名ですね。相手を呼ばう=夜這う、が転じたものが語源と言われています。「後家と娘は若衆のもの」として、村落みんなで互いを共有。一夫一妻なんて知ったこっちゃありません。一見放埒(ほうらつ)に思える夜這いですが、既婚者などに対し一定のルールがきちんとありました。

こんなんで大丈夫なの!?と心配になりますが、できた子供はコミュニティ全部で育てるので特に問題なしだったとのこと。これは庶民階級の文化として、明治期の夜這い大弾圧までは、都市部を除き全国で一般的な「結婚」の形でした。

良い結婚のためには努力!な平安時代、側室・お妾さんの存在って一体?

平安時代の雅な一夫多妻制は有名ですね。御簾(みす)の奥に女性は隠れ、男性とは兄弟とですら接触をしない文化。そんな中で恋を生むのは、恋の歌や琴の上手さ、字の筆跡の美しさなどの「教養レベルの高さ」でした。適度に賢く、優美で魅力的に娘を仕立て上げるために世の教育貴族ママやパパは必死。いい男ゲットは家の繁栄につながるからです。下手な字でまずい和歌でも送ろうものなら、女性本人がいかに美人でも男は一瞬でサヨナラ。シビアですね。

これは鎌倉以降の武家社会になって、男性優位の一夫多妻に移行。特に江戸時代の大名は参勤交代制の関係で正妻を江戸に置いておく必要がありました。よって必然的に、正妻とは別に国のほうに側室を迎えて、少なくとも「妻」が2人以上いるスタイルが一般的。ただし女性が間男(まおとこ・愛人のこと)を持つのは罪とされてお手打ちの対象にもなりました。

家=子種を確保という目的により「お妾(めかけ)」というものもつい最近、昭和頃までは存在。お金のある旦那や隠居などが遊女や芸者を落籍(ひか)せ、家を守る正妻とは別にプライベートなパートナーとして囲うというものです。このお妾・二号さんには「お手当て」つまりお給料がありました。「主人が世話になっていますわ」とニコニコしていた正妻だっていたとか(腹の中ではどう思ってたやら……)ただの不倫相手というわけではなく、一応、社会的地位を持っていたのです。

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