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「古代文明」とは?原始時代とどう違う?わかりやすく解説

長引く不況や疫病の感染など不安定な世の中になると「原点に戻ろう」と考える人が増えるのか、原始時代や古代文明に関する書籍がよく売れる、と聞いたことがあります。「古代」「原始」「石器時代」等々、はるか数千年も昔の世界のことではありますが、そもそも「古代文明」とはどういうものを指しているのでしょうか。今回はそんな「古代文明」について詳しく解説したいと思います。

「古代文明」の定義とは?原始時代との違い示す4つのポイント

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まずは「古代文明」の定義について考えてみたいと思います。おそらく二千年以上、紀元前の時代のことかと思われますが、では「原始時代」や「石器時代」とはどう違うのでしょうか。地域や風土によって差はありますが、「文明」と呼ぶにはいくつかの要素が必要であると考えられているのです。もちろん、すべての古代文明に当てはまるわけではありませんが、文明の定義として重要な要素について、今回は大きく4つに分けて解説します。

農耕による食糧の生産と定住生活

ひとつ目の大きな要素は「農耕」です。

ヨーロッパやエジプト、メソポタミアといった地域では、旧石器時代から新石器時代へ入ると、それまでの狩りをしたり木の実を採ったりといった狩猟中心の生活から、徐々に原始的な農業生活が始まります。

時期については、非常に長い期間をかけて発達していったものと見られており、オリエント地域に関して言えば、紀元前9000年~8000年頃が農業の目覚めの時期ではないか、との説が有力なようです。

農耕が始まるきっかけは、気候の変化が深くかかわっていると考えられています。それまでのように、食料を探して移動を繰り返す生活から、作物を育てて食料を確保する定住生活へ。より安定して作物を収穫するため、人々は道具を作り、天候の変化を読み、次の種付け・収穫時期のために記録を残し、天に祈りを捧げるようになります。

作物が豊かに実る土地を見つけて移り住み、集団で共同生活を行い、ゆっくりゆっくり数千年もの時間をかけて「文明」というものを育んでいった……。これこそ「古代文明」の神髄!と言ってよいのではないでしょうか。

組織化された集落・都市と職業の発展

二つ目は「都市」です。

英語で「文明」を表す単語「civilization」は、ラテン語で「都市」や「国家」を意味する「civitas」や、「市民」を表す「civis」に由来するといわれています。

農耕によって形成された集団と共同生活は、さらに長い歳月をかけて発展していきました。集団の人口は増え、仕事の役割分担や職業、階級が生まれます。天への祈りは信仰や儀式へつながり、貧富の差を生むこともあったようです。

集団生活を行うということは、人数が多ければ多いほど農作業も楽になり、収穫量も増えます。しかしひとたび作物が不作に陥ると、人口の多さが仇になり全員が飢えてしまうというリスクも。そんな時は悲しいかな、他の集落を襲って作物を奪う……といったことも行われていたようです。

せっかく育てた農作物を奪われてはたまりません。ちゃんと食料の備蓄ができた集落の人々は、自分たちの農作物を守るため、武器を作成したり、壁や濠を作ったりして集落の防衛機能を高めます。

このような集落の発展が、やがて政治的な組織を作り、都市国家へと発展。こうした流れが「古代文明」の重要な要素と考えられています。

文化・科学の発達と文字文化の確立

三つ目の要素は「科学」と「文字」です。別々の要素ですが、今回は1つにまとめさせていただきました。

作物をより効率よく収穫するためには、様々な分野の知識が必要。例えば気候の変化や土壌の良し悪し、農耕のための道具の開発などがそれにあたります。

例えばエジプト文明では、ナイル川が氾濫する時期を予測するため、天体を観測し非常に高度な暦を作っていたのだそうです。たびたび氾濫し人々を悩ませるナイル川でしたが、氾濫の後には必ず、農作に適した肥沃な大地が広がります。氾濫に乗じて上流から肥沃な土が運ばれてくるのです。

長い歳月をかけてこのことを知ったエジプトの人々は、豊かな実りを得るため、ナイル川の氾濫時期を正確に知ろうとしました。そのため天体観測の技術が発達。自然現象を体系的に示した「科学」が育まれ、都市はますます発展していきます。

さらに先史の人々は「文字」というものを生み出しました。

石壁を削ったり、柔らかな粘土板にくぼみをつけたり、様々な方法で、何かを記録し誰かに伝えようとした……。初めは絵を書いていましたが、だんだんと規則性ができ、体系づけられていきます。もっとも古い文字のひとつが、紀元前3500年頃にメソポタミア地方で誕生した「楔形文字(くさびがたもじ)」です。

公共建造物の建築と儀式・信仰

四つ目の要素が「建造物」と「信仰」です。これもひとつにまとめさせていただきました。

都市が大きくなり、シンプルな集団生活から社会が形成されていくと、政治的なリーダーや支配層が誕生します。支配者は人々を守り、人々は支配者に付き従うことで安寧を得る、そんな構図が浮き彫りになっていくところも、古代文明の特徴といえるでしょう。

支配者たちは権力を誇示し、より多くの人々を従わせようとします。自分の権力の大きさをわかりやすく示すために、大きな建造物を作らせたり、記念碑を立てたりすることもありました。ピラミッドやオベリスク、コロッセオなどがそれにあたります。

建造するためには多くの労働力が必要であり、高い技術を持つ専門家たちの知恵も必要です。古代文明のもとでは様々な「専門家」も育っていきました。

例えば神々に祈りを捧げるための儀式や、儀式を行う神官の存在。儀式を行うための神殿の建造や、水道や道路などインフラの整備も、専門家たちの高い知識が必要となります。

古代文明の種類とは?代表的なものをピックアップ!

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まず農耕が始まって、集団生活から都市国家が生まれ、その都市が発展していく……。ただ単に集まって農業をすれば古代文明、というわけではなく、発展しようとする過程に大きな意味があるのかもしれません。よく「世界四大文明」という呼び方をしますが、近年の調査研究により、もっと広い地域で多種多様な古代文明が発展していたと見られています。では次に、世界にはどんな古代文明があるのか、代表的なものについて見ていきましょう。

チグリス・ユーフラテスの恵み:メソポタミア文明

メソポタミア文明は、現在のイラクのあたり、チグリス川とユーフラテス川に挟まれた地域に生まれた文明の総称です。厳密には、この地域に誕生したいくつかの文明をまとめた呼び方で、紀元前5500年頃にはすでに農耕が行われていたと考えられています。

この地域に最初に文明を築いたには、シュメール人と呼ばれる人々でした。紀元前2000年~1000年頃になるとバビロニアやヒッタイト、アッシリア帝国といった古代文明が次々と誕生し、高度な都市国家を築いていきます。

シュメール人たちがどこからやってきたのかについては、まだはっきりとしたことはわかっていないのだそうですが、エジプトより早い時期から農耕が始まっていたのだそうです。

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