ハーマン・メルヴィルの人生
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ハーマン・メルヴィルの一生は不遇の一言です。夜逃げと父の死、学校を途中で退いての船員生活、そして売れない日々、家族の死……。メルヴィルが評価され光を浴びたのは死後30年経ち時代が20世紀になってからです。現在はアメリカで1番偉大な小説家とも言われる彼の経歴を紹介しましょう。
生活の困窮から船乗りへ
1819年アメリカ、ニューヨークの食料品輸入商の息子として生まれます。裕福に育ったハーマン少年でしたが、11歳の時に家の経済が傾き、大都会ニューヨークから母の実家へ最初の引越しをしました。13歳の時に父が借金を残して亡くなりました。何度か夜逃げまで行います。お金がないことで学業をあきらめたメルヴィルは、銀行職員、小学校教員など職を転々とした後1839年、船員になりました。
ここから彼の作風に大きな影響を与えた船員時代がはじまるのです。捕鯨船の乗組員となり、太平洋で鯨を追うこと2年。あまりにも過酷な船上生活に疲れ果てたメルヴィルは捕鯨船を脱走します。暴動に巻き込まれたり先住民と暮らしたり、波乱万丈な船員生活は4年続きました。
水夫の人権や船上での規律については、遺作「ビリー・バッド」でも深く追求されています。結局、他のアメリカ捕鯨船に救出され、アメリカ海軍の軍艦に水兵として雇われ、紆余曲折を経て故郷アメリカ、ランシンバーグへ帰還しました。メルヴィルというと海、そして船のイメージが強いですが、たった4年の間しか海上にはいなかったのですね。
作家として不遇な日々
強い印象と体験を得て、アメリカの土を踏んだメルヴィル。彼の作家生活がはじまります。4年の留守の間に実家は財政を立て直し、生活が安定。余裕のできたこの時期にメルヴィルは妻エリザベスと出会い、結婚。4人の子供に恵まれました。
しかし作家としてはまったく売れません。1850年、後に「緋文字」で高い評価を得ることになるホーソーンと出会い、親友になります。その翌年1851年に出版されたのが、あの名高い「白鯨(モービィ・ディック)」です。後の章で解説するこの小説は難解!ややこしい!描写ばかり!そしてすばらしい芸術性にあふれた作品でした。が、「白鯨」を含めた作品は売れることなく、文筆で身を立てることは生涯できずに終わったのです。
ハーマン・メルヴィルの作家人生は報われないことばかりでした。結局、1866年にニューヨーク税関の検査係の仕事を得ます。それまでもそれからも、ずっと生活に追われる暮らしが続きました。長男マルコムのピストル自殺、次男スタンウィックスの家出と客死、自宅の火災など不幸が続いた後半生を送ったのです。1891年、評価されなかった文豪は静かに世を去ります。亡くなる寸前に文学史に残る傑作「ビリー・バッド」を完成させていました。これらの作品が評価されるのは死後30年以上が経ってからです。
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代表作「白鯨」を解説!
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そこまで売れなかったメルヴィル。一体どんな作品を書いたのでしょう?あの超大作「白鯨」を筆者は実際に読みました!あらゆる意味で衝撃的な作品、まさにアメリカ文学の金字塔と言っても良いでしょう。でもどうして不評だったの?「白鯨」のあらすじやスゴさを解説しましょう。
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Amazonで見るあらすじ「白鯨」ハーマン・メルヴィル
「私の名はイシュメールとしておこう。(Call me Ishmael)」この冒頭の一文で有名ですね。映画化される際にも必ず挿入される文章です。物語は船員イシュメールの語りにより進められます。捕鯨船ピークォド号に乗りこむことになったイシュメールは、クイークェグ、スターバック(コーヒーチェーン店「スターバックス」の名前の元ネタです)など個性的な面々と出会いました。そしてこのピークォド号の船長が、エイハブです。
エイハブ船長は白鯨、モービィ・ディックを追って航海を続けています。巨大な白いクジラに片足を食いちぎられて、今はクジラの骨でできた義足をつけているエイハブ船長。奪われた片足の仇を取るべく、今日も捕鯨船に乗りこむのです。
とはいえ相手は大海原のどこにいるかもわかりません。世界の海をまたにかけて、狂気に満ちたエイハブ船長の復讐劇がはじまるのです。多種多様な人種の乗りこんだピークォド号はどうなってしまうのでしょうか?日本の沖で見つけたモービィ・ディックは、はるばる追いかけてきた人間たちにどんな反応を示すのでしょうか。ラスト、圧巻です。
「白鯨」の魅力と評価
そんな力作「白鯨」が書店に並ぶや、期待に反してまったく売れません。それもそのはず、あらすじはおもしろいのに、ずっと船上生活の詳細や海のうんちくが続くのです!ストーリーや語り口のおもしろさ、聖書やシェイクスピアのモチーフを踏襲した高尚さなど、読んでいる場合ではありません。エンタテインメントとはほど遠い雰囲気です。
それもそのはず、この時代には映像媒体がほとんど出回っていませんでした。みたことも聞いたこともない情景を伝えようと思ったら、徹底して描写と情報を細かくするしかなかったのです。アメリカ人の多くがみたことがない、広い大海原。そして異文化の船上生活。多くの挫折者を生み出すこの作品は、何がなんでも伝えたいというメルヴィルの執念が宿ったものだったのです。
再評価の流れは1921年。有名批評家が著書で取り上げたことからです。高い芸術性、聖書や神話から取られた見事な象徴性、高度な文章に人々はあっと驚きました。メルヴィルの作品はポストモダニズム(1960年ごろに興隆)によく似ている部分があります。だんだん時代が彼に追いついたのかもしれません。
現代人の心に響く!おすすめ3作品を紹介
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メルヴィルと言われると「白鯨」のイメージ。しかし彼の短編はエキサイティングでおもしろい!実際に読破した筆者が「白鯨」の影でかすんでしまっているメルヴィルの3作品を紹介します。「白鯨」で挫折したあなたも、だまされたと思って、読んでみてください。