アメリカの歴史独立後

Aの文字は何色?『緋文字』の作者・ナサニエル・ホーソーンを解説!アメリカ文学最高の作家って?

「Aの文字は何色?」アメリカでこう問われたら迷わず「赤!」と答えられなければアホ扱いされる、19世紀アメリカ文学の名作『緋文字(scarlet letter)』。その作者ナサニエル・ホーソーン(ホーソン)が作品にこめた意味とは?そして『緋文字』のイメージが強いホーソーンですが、実際はどんな作家だったのでしょう?アメリカ文学の記念碑的名作の作者とその作品に迫りましょう。

ナサニエル・ホーソーンの生きた時代

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アメリカ文学の名作『緋文字』の作品舞台は17世紀のニューイングランド(現在のアメリカ合衆国ボストン周辺)。そこで描かれるのは厳格なピューリタン社会の罪と罰です。ナサニエル・ホーソーンはそんな文化・宗教風土の強いアメリカという国の、因縁深い名家に生まれました。罪と罰と神を追求した作家ホーソーンの生い立ちに迫ります。

「宗教的戒律の抑圧に苦しむ人々」がアメリカ文学のテーマ

まず歴史のお話を少々。新大陸へやってきたヨーロッパ人たち。その多くが宗教改革の過程でそれぞれの国の権力者から弾圧された、プロテスタントの一部の厳しい教派の民衆です。いわばそれまでの土地で受け入れられなかった教派の人々が新天地を求めて、自分たちの理想郷を作ろうとしたのでした。

移民の多くを占めたピューリタン(清教徒)たちは非常に潔癖な、聖書の原理主義的な思想の持ち主です。彼らの見解によると、セクシャルなことは罪!もともとキリスト教全隊の倫理観において、性的なことは子供を作るためにだけ許されたことで、快楽のための行為であってはなりません。この倫理観を極限まで煮詰めた、プロテスタントの中でも過激派に属するこの教派はヨーロッパ圏で弾圧されました。彼らは楽園を求めて新大陸へ渡ったのです。

自然、アメリカという国において性的なことは抑圧されることになります。アメリカ文学の大きなテーマは、この性の抑圧について。表面的にはキリスト教的倫理におさえつけられた人間の肉体的欲求が、どのように個人の葛藤に影響するかがアメリカ文学のミソ。ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』フォークナー『八月の光』『サンクチュアリ』にその傾向が顕著ですね。

ナサニエル・ホーソーンってどんな作家?

1804年7月4日、ナサニエル・ホーソーンはアメリカ合衆国マサチューセッツ州セイレム(セイラム、セーレムとも)に生まれます。ホーソーン家の祖先はマサチューセッツ州の超名門!父方の祖先はクエーカー教徒の迫害に関わった他、セイレムの町で「魔女」という告発を受けた人が次々と処刑され密告と拷問、疑心暗鬼で人々を恐怖におとしいれた集団ヒステリー事件「セーレム魔女裁判」の判事をつとめています。

また、母方の祖先に近親相姦の疑いで迫害された親族を持つホーソーン。これらの祖先の逸話を聞いて育った彼の中で、神の教えと善悪に対する思索が膨らんでいったのは当然のことでしょう。4歳で父を亡くし母方の実家に引き取られて育ったナサニエル少年は、成長してボウディン大学に進学します。ここで後に彼の人生を変える、詩人ヘンリー・ワーズワース・ロングフェローや第14代アメリカ大統領となるフランクリン・ピアースと出会いました。

卒業後、ボストンの税関に就職しますが翌々年に退職。その後また生活苦から今度はセーレムの税関に就職するものの、うまくいかずにすぐ退職。そんな困難の中で彼が上梓・出版したのが『緋文字』です。たちまち注目され大ヒット!『白鯨』の作者ハーマン・メルヴィルは、この作品をもってホーソーンを最も優れたアメリカ文学作家と呼びました。一体どんな作品なのでしょう?

泣く子も黙る傑作『緋文字』

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ナサニエル・ホーソーンの名作にして古典『緋文字』。この作品の概要を紹介しておきましょう。Aの文字は何色?その謎を私たちは読んでいる最中も、読んだ後も考えることになります。アメリカ文学の一大テーマ「肉欲(性欲)と生」。長年神の倫理により否定してきたこの命題にホーソーンはどのような結論を与えたのでしょうか。

姦通の罪で子供を産んだ女ヘスター・プリン

17世紀ニューイングランド。ある村のさらし台に、生まれたばかりの女の赤ん坊を抱いた1人の若い母親がさらし者の刑に処されます。人妻だったヘスター・プリンは姦通の罪を犯し、誰とも知らない男との間に子供を成した罪で群衆の前にさらされたのです。しかし彼女は男の名前を明かしません。まさにその場にやってきたのが、長年行方不明になっていたヘスターの夫、ロジャー・チリングワース医師。彼は妻をかどわかした相手に復讐を誓います。

生まれた女の子はパールと名付けられました。実はヘスターと姦通の罪を働いたのは、人々から崇拝される若く聡明な牧師ディムスデール。牧師は自責の念にかられて心身を弱らせます。チリングワース老人は自分の身分を隠し、医者の立場を利用して妻を盗んだ敵に近づきました。いわば、夫が間男に対して復讐を加えることを企てたのです。

一方でヘスターは緋色(深い赤色)の「A」の文字をかたどった刺繍のアップリケを胸にずっとつけることを義務付けられます。パールとともに村外れに住み、針仕事で生計を立てるシングルマザーのヘスター。最初は石を投げられ迫害されるヘスターでしたが、美しい針仕事や慈善の仕事に魂を注ぎます。彼女に対して、そして「A」に対しての世間の目が変わっていくのです。

作品の背後にひそむ、キリスト教と性愛の業

『緋文字』では小説の早い段階で、ヘスターの姦通の相手がディムスデール牧師であること、ロジャー・チリングワース医師の正体がヘスターの消息不明の夫であったことなどが明かされます。ミステリー要素は少なく、淡々と読みすすめる読書であることが特徴です。シンプルなぶん、人物の心のひだの奥がよく感じられる小説になっています。

不義の子パールは天衣無縫に育ちました。姦通を犯し、父無し子を産んだ罪の女として差別されるヘスターでしたが、慈善行為や謙遜によって人々から注がれる目が変わってきます。一方で、良心の呵責に苦しみながらも地域の名士として、社会的地位を捨てることができないディムスデール牧師。過去にとらわれ復讐にのみ執着するチリングワース医師。凛として自分の手ひとつで子供を育て生活するヘスター・プリンの見事さが対比的に際立ちます。

彼女の思想はやがて時代を先取りした考えへ傾くのですが……。ディムスデール牧師に毒牙をかけようとするチリングワース医師のことを警告するためにヘスターは動き出します。男とは、女とは。ヘスターの考える新しい未来の形とは?倫理的に許されない性愛を、愛の結晶の形として祝福した本作は革命的な小説でした。

ホーソーンの『緋文字』とは別の顔

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リアリズムに基づいた心理小説『緋文字』。この作品のイメージが強いホーソーンですが、実は他の顔もあります。日本語で手軽に読める他のホーソーン作品ってどんなもの?第14代アメリカ大統領になった友人の存在でまた彼の運命は変わったのですが……。『緋文字』以外のナサニエル・ホーソーンの顔をのぞきましょう。

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