理不尽すぎる人類最初の殺人・旧約聖書カインとアベルの物語を解説
心理学者ユングが提唱「カイン・コンプレックス」
神話はのちに、心理学という科学の分野とリンクしていきます。20世紀の著名な心理学者ユングは「カイン・コンプレックス」という精神分析の概念を提唱しました。
これは神=親に不公平なあつかいを受けた経験は、大人になってもその子どもの人格や性質に大きな影響を与えるというもの。親の愛情をめぐっての嫉妬や憎悪は、子ども時代に本人を苦しめるだけではありません。成長して大人になってからも、嫉妬の相手・愛情を争う相手であった兄弟姉妹に似た年代や人物に対して嫌悪を抱くようになるというのです。
ちなみに聖書でも、アダムとイブはカインがアベルを殺したあとも、息子のことを神にとりなして許してもらうでなく、罰してもらうでもなく、すぐに弟セツを生んで子孫繁栄をはかっています。親や神の愛情って……と、思ってしまいますね。
その後の世界を作ったのは……カインの末裔たちの物語
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さて、人類最初の加害者カインはさすらい人となり、エデンの地から立ち去ります。が、その後、街をつくり、さまざまな文化人・職業人の祖ともなる人々が生まれるのです。最終的に人類の祖となったのはカインの末裔たちでした。楽園無きあとの世界はカインの子孫によって栄えることになりますが、一体どんな人々なのでしょう?
文化と職人の祖・トバルカイン、ヤバル、ユバル
カインから数えること7代目。カインの子孫の築いたエノクの街に3人の兄弟がいました。トバルカイン、ヤバル、ユバル。それぞれ鍛冶屋、牧畜民、音楽家の祖先です。
カインという名前はそもそも「鍛冶屋・鋳造者」を意味するもの。弟の血によって大地に呪われたカインは農耕をして日々の糧を得られなくなったため、その後は金属加工の職人になったとも言われています。その血筋は子孫に受け継がれ、トバルカインは鉄や銅を鍛えて刀剣や武器を造るものとなりました。
ヤバルは、天幕を張って家畜を飼うもの、すなわち「牧畜民」の祖に。ユバルは「音楽家・芸人」の祖先となって、琴や笛をあつかい音楽を奏でる人となりました。カインの末裔から文化は発展し、広がっていったのです。
カインとは比べ物にならない?戦士の祖・レメク
レメクは創世記に記されたカインの末裔たちのなかで、「戦士」の祖としてあつかわれている人物です。先にピックアップしたトバルカイン、ヤバル、ユバルの兄弟の父。レメクは聖書の中でこのように言います。
レメクはその妻たちに言った、「アダとチラよ、わたしの声を聞け、レメクの妻たちよ、わたしの言葉に耳を傾けよ。わたしは受ける傷のために、人を殺し、受ける打ち傷のために、わたしは若者を殺す。
カインのための復讐が七倍ならば、レメクのための復讐は七十七倍」。
【引用元:旧約聖書 創世記4章23-24節】
この七倍の復讐とは、カインがアベル殺害に際し神から告げられた言葉、
「いや、そうではない。だれでもカインを殺す者は七倍の復讐を受けるでしょう」。そして主はカインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つのしるしをつけられた。
【引用元:旧約聖書 創世記4章15節】
に、基づいています。レメクは殺人者カインと同じような「しるし」を受けるものだったのかもしれません。徹頭徹尾、神に対してへりくだる人の多いなか、創世記の中で彼の尊大な言葉はどこか異常です。
実は大天使!?「神が連れていった」義人・エノク
聖書に不可解な記載をされている人物がいます。名前はエノク。死んだ、という書き方ではなく「神が連れていった」と表現されている人物です。このエノクは「エノク書」という黙示(終末についての預言)を書いています。エノク書は、東方教会の一派であるエチオピア正教会では「聖書」としてあつかわれているものです。
このエノク書にはいくつかバージョンがあり、内容がそれぞれ微妙に異なります。そのなかの1つ「第二エノク書」では、ダンテ「神曲」よろしく天界を第一天から第七天までめぐり、天の頂点でエノクは神に対面。「お前は大天使メタトロンだったのだ!」と神から告げられるのです。なんということでしょう。
この、天使や悪魔、堕天使についての記述がたっぷりの不思議なエノク書は、キリスト教教会初期において広く読まれていました。ちなみにアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」に登場する敵・使徒の名前の元ネタとしてもあつかわれていますよ。
罪の上に立って発展する、カインとその子孫たちの歴史
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人類はアダムとイブの自由意志により失楽園し、殺人者カインの子孫によって栄え、そのカインの末裔たちは文化や文明を広げていった……旧約聖書の神話「カインとアベル」。不可解で理不尽で、だからこそ今も人を惹きつける、人類最初の殺人事件。人類は罪の上に立って歴史をつくっている、というユダヤ教・キリスト教の概念のベースともなっているんですよ。この記事を読んで少しでも、聖書に対する理解の助けになれば幸いです。
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