平成日本の歴史

日本中を震撼させた地下鉄サリン事件~オウム真理教とはいったい何だったのか?~

邪魔者はポアせよ!【坂本弁護士一家殺害事件】

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この事件はオウム真理教が衆議院議員選挙で大敗し、一挙に国家転覆計画へと舵を切る以前に起こったものですが、麻原をはじめとする教団の凶暴性が如実に現れた最初の事件として知られています。邪魔するものがいれば子供であれ容赦はしない。その非人間性がオウムそのものを表していると言えるでしょう。

なぜ殺害に至ったのか?その身勝手すぎる理由

坂本堤弁護士は元々はオウムのキラーハンターで有名な江川紹子氏からの紹介で、脱会しようとした在家信者の相談を承っていました。しかし調べを続けていくうちにオウム真理教の欺瞞と凶暴性を見抜き、公然とメディアで批判するようになりました。さらには「オウム真理教被害者の会」を結成し、民事訴訟にて宗教法人の取り消しをも求めようとしたのでした。

折から教団では衆議院議員選挙を控え、今後の教団運営の障害となる可能性が高いことから麻原の指示で殺害が計画されたと言われています。自分たちの悪行は棚に上げておいて、それを追及されそうになったからといって問答無用で家族全員を殺す。そんな身勝手な理由で坂本弁護士家族は犠牲になったのでした。

「坂本弁護士をポアするんだよ。話しても無駄だから、ポアするんだ」

 

ポアとは

麻原が考案し、殺人を正当化するために生み出した言葉。

すなわち人は誰でも業(カルマ)というものがあり功徳(オウムにおける修行)を積むことによって取り払うことができるが、そうでない人間は悪行を行えば行うほどカルマは溜まっていく。そうなれば死後は地獄へ落ちるしかない。

オウム真理教に害悪を及ぼす行為は最大のカルマである。となれば早く悪行をやめさせるために命を絶たせて天界へ昇華させてやらねばならない。それがポアである。

一家殺害とその後

麻原から殺害指示を受けた教団幹部6名は坂本弁護士の居宅へ向かいます。最初は塩化カリウム注射によって殺害しようとしますが、激しく抵抗されたため窒息死に切り替えることに。坂本弁護士の妻は「子供だけは助けてください」と懇願しますが、わずか1歳の子供は鼻と口を押さえつけられて窒息しさせられたのでした。

その後、教団に疑いの目が向けられますが、事情聴取拒否やメディアを使っての潔白の主張などで巧みに追及をかわすことに成功します。

さらに捜査を担当した神奈川県警に至っては、坂本弁護士がリベラル色が強く共産党寄りな事務所に所属していた。という理由だけでまともにオウムに対して捜査すら行わず、これに味をしめた教団がさらなる過激なテロ行為へと走ることに加担したともいえるでしょう。

この事件は、5年後にオウム幹部の自供を得るまで明らかにされなかったのです。

罪もない人々を毒ガスの実験台に【松本サリン事件】

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反社会的方向へ舵を切り、いよいよその凶暴さを増したオウム教団は、来るべきハルマゲドン(いわゆる国家権力やフリーメーソンとの戦い)へ向けて武器製造や化学兵器製造に手を染めます。大規模殺人を引き起こしたサリンもその一つでした。

サリンを撒いて無差別殺人を引き起こす

サリンやVXガスなど製造はしたものの効果を確かめなければ、それが使えるかどうかの判断がつきません。そこで麻原は幹部たちを集めて松本市でサリンを撒いて実験を行うように指示します。実験といっても実験動物を使うわけではなく、その犠牲となったのが何の罪もない人間だったのでした。

まず標的となったのは長野地裁松本支部でした。オウムの土地取引トラブルにからんで不当判決を下したと逆恨みをされたためです。サリンをトラックに積みこんで松本市へ向かいますが、到着する頃には夕方になっており既に閉まっていたため、今度は裁判所宿舎に目標を変更。ここで12リットルもの大量のサリンが撒かれたのでした。

その結果、裁判所宿舎だけでなく周辺の一般住宅やマンションなどにも被害が及び、死者8人、負傷者600人を超えるという大惨事となったのです。

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明石則実