フランスブルボン朝ヨーロッパの歴史

世界で最も華麗で豪華な建造物「ヴェルサイユ宮殿」の歴史をわかりやすく解説

ブルボン王朝の崩壊と英雄の凱旋

1789年、長年の怒りが爆発し、パリ市内にあるバスティーユ牢獄が襲撃されます。フランス革命の始まりです。飢えた群衆20万人がヴェルサイユへ詰めかけ、フランス国王をパリへ移せとの声が上がります。ルイ16世と王妃マリー・アントワネットは、引きずり出されるように連行され、テュイルリー宮殿へ移っていきました。

ルイ16世がパリへ移ると、ヴェルサイユ宮殿の中にあった家具や調度品の類は運び出され、一部はパリの国王のもとへ運ばれましたが大半は売却されていきました。

1793年、ルイ16世は裁判に議会にかけられ、処刑が決まります。ヴェルサイユ宮殿の中にあった美術品は、新しい国家によって管理され、同年、宮殿内の一部の部屋にアトリエや博物館が設けられることが決まりました。権力の象徴であった宮殿ですが、建物は壊さず活用していくことになったようです。

このまま朽ちていくのかと思いきや、ヴェルサイユ宮殿は再び多くの人々の注目を集めることとなります。フランス革命のさなかに突如として現れた民衆の英雄、ナポレオン・ボナパルトがヴェルサイユ宮殿に住むと言い出したのです。

ナポレオンは貧しい庶民の出でしたが、抜群の頭脳と行動力を武器にめきめきと成果を上げ、1804年、ついにフランスのトップに上り詰めます。軍事政権を立ち上げ、自らをナポレオン1世として皇帝の座に就くことにしたのです。

1806年、ナポレオンは巨額の費用を投じ、ヴェルサイユ宮殿の改築を指示します。しかしその後も激しい戦争が続き、ナポレオンの天下はそう長くは続きませんでした。ヴェルサイユ宮殿に住むことは叶わず、ナポレオンは離島へ流されてしまうのです。

新しい王の登場と歴史博物館への道

しかしその後も激しい戦争が続き、ナポレオンの天下はそう長くは続かず、ナポレオンがヴェルサイユ宮殿に住むことはなかったようです。

ナポレオンが力を失う中、この大宮殿を改装して居住したいという人物が登場します。ルイ15世の孫で、処刑されたルイ16世の弟にあたるルイ18世です。実はルイ16世処刑後、ルイ16世の次男がルイ17世を名乗っていましたが幽閉中に死亡。ブルボン王朝はヴェルサイユ宮殿に戻ることなく一時途絶えていました。

1814年、ルイ18世はかなりのお金を投じてナポレオンによるヴェルサイユ改装計画を引き継ぎましたが、新しく生まれ変わろうと揺れ動く政治の世界で疲弊し、1824年、この世を去ります。ルイ18世がヴェルサイユ宮殿で安息の時間を過ごせたかどうか定かではありません。

巨大な宮殿が再び息を吹き返すのは、それから十数年後の1837年のことでした。1830年にフランス国王に即位したルイ・フィリップがヴェルサイユ宮殿を美術館にしようと試みたのです。美しい建物も、誰も住まずに使わなければどんどん汚れて朽ちていってしまいます。あまりに巨大すぎて厄介者となっていた大宮殿に、新しい役目を与えようとしたのかもしれません。

ルイ・フィリップは館内にフランス宮廷の歴史をテーマにした絵画を数十点展示し、ヴェルサイユ宮殿を「フランス歴史博物館」としたのです。試みは概ね成功で、ヴェルサイユ宮殿は晴れて、多くの人々に受け入れられるようになりました。

フランスを代表する観光名所から世界遺産登録へ

ヴェルサイユ宮殿はセカンドライフを歩み始めましたが、世界各地では近代に入ってからも戦争が続いていました。20世紀に入ると第1次世界大戦が勃発、世界は不安と恐怖に陥ります。

数年にわたって激しく続いた大戦は、1919年に正式な終戦を迎えることとなりました。1919年6月28日、戦争終結のための署名が、ヴェルサイユ宮殿のあの鏡の間で行われることになったのです。ルイ14世が造らせた豪華絢爛な回廊で、世界平和に関する重要な署名が行われます。

残念ながらこの署名で世界平和には至りませんでしたが、ヴェルサイユ宮殿はその後も数々の絵画や美しい庭園で来訪者たちの目を楽しませました。

そしてとうとう、歴史的な価値ある施設として世界に認められることとなります。1979年、「ヴェルサイユの宮殿と庭園」という登録名で世界文化遺産に登録されたのです。

国が傾くほどの巨額の費用をかけて建築・維持され続けた大宮殿は、きらびやかな姿のまま静かに時を刻んでいます。贅沢で金がかかるというイメージが定着してしまっているヴェルサイユ宮殿ですが、バロック建築の最高傑作であることに変わりはありません。現代では、年間750万人以上もの観光客が訪れる世界屈指の人気スポットになりました。かつて太陽王が粋を尽くして作り上げた宮殿は、今日も多くの人々を魅了し続けています。

美術館としても素晴らしいヴェルサイユ宮殿へ

image by PIXTA / 40007687

建物や庭園も美しいですが、建物内にこれでもかと展示されている絵画も見ごたえがあります。巨大な油絵や天井画を描かせることができるのも、権力の証なのかもしれません。もしこの建物や庭園がここまで豪華でなかったら、歴史は少し違っていたのかもしれないと思うと感慨深いです。

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