ヨーロッパの歴史

なぜ魔女が駆逐の対象に?西洋の黒歴史「魔女裁判」の真実とは

わけがわからない者を排除して、平和を得るための制度

男性もまた「魔女裁判」で裁かれました。その多くが同性愛による罪状。聖書において、同性愛は旧約聖書で死刑に指定されるほどの大罪です。失楽園のエピソードでも象徴されますが、快楽は禁忌。性的なことは生殖のための子作りしか許されないのです。現代の性的マイノリティー、LGBTQAへの寛容な考えや政策は、過去に西洋人たち自身が裁いた「魔女」への反動と言えます。

「聖書原理主義」「男性による権威社会」。この言葉に、魔女狩りや異端審問の本質が集約されるでしょう。集団から外れ、教会の教義から外れた行為をする、「わけのわからない人」。それを排除することによって平和が訪れるという考えです。あながち現代人の私たちも笑えた立場ではありません。

とは言え神が人を救うことをせず、神の代理人が罪状を裁くという異常事態。しかし魔女が根拠ない存在だったとは言えません。人々の間で、精霊とつながり神に背き、あやしい術を使う背教者・魔女のことは強く信仰されていました。裁判官である異端審問官たちも、魔女を除くことによって社会の平和を願っていたのです。暴走した正義、という言葉が頭に浮かびますね。

汎神論者、無神論者、政敵……権威にとって邪魔なものを

とにかく窮屈な世界だったんですね。教会の教えは絶対で、逆らったら皇帝であろうと破門。世界のすべての物事に神が宿っているという汎神論や、科学も弾圧対象です。……科学はともかく神の存在を前提とする汎神論は別にいいんじゃ?と、日本人としてはピンとこない神学論争ですが……。とにかく正統教義から外れた「異なるもの」「異教的考え」に対して、すさまじく過敏に反応したのです。

超!管理社会であった西洋世界。さらには16世紀にはじまった宗教改革、カトリックとプロテスタントの対立においても「お前がおかしい」という教義の違いからはじまった、異なる思想を排除するという意味での魔女狩りも行われました。

こんな人道犯罪とさえ言える魔女裁判は、きちんと制度として存在したものです。異端審問官や教会裁判所の裁判官、後には世俗の裁判所でも魔女裁判は開廷されました。巡回の魔女裁判というものも行われ、実際に法律も存在。ただのヒステリーやスケープゴートでは説明がつかない部分がありそうですが、現在もなぜ魔女狩りが行われたかについては定説がないのが現実です。

歴史に実在する事件としての「魔女」――セイレム魔女裁判

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William A. Crafts – Vol. I Boston: Samuel Walker & Company, パブリック・ドメイン, リンクによる

ここからは一気に時代が下って、17世紀。新大陸アメリカに舞台は移ります。過激な清教徒(ピューリタン)が大勢、自由を求めてアメリカ大陸へ渡りました。舞台となったのは1692年3月、ニューイングランド(アメリカ北東部)のマサチューセッツ州セイレム村(現・ダンバース)という集落。降霊会に出席したベティとアビゲイル、2人の少女が異様な暴れ方をしはじめたところから事件は始まります。

医師によって悪魔憑きと診断された2人の少女。ベティとアビゲイルは次から次へと村の人を「あの人は魔女だ」と告発しはじめます。最終的に告発された「魔女」は、200人。収監所はパンク。集落は大パニックです。事件がはじまったのは3月ですが、収束に向かったのは10月のこと。告発者である少女たちの証言に疑問が生まれた他、ボストンの聖職者が知事に上告したことがようやく発端となって、翌年の1693年5月に大赦が行われ、魔女裁判は「閉廷」したのです。

自分は魔女であると認めた人は極刑になっていません。魔女であることを否定した人間が絞首刑になっています。絞首刑19名、拷問中に1人が死亡、乳児2人を含む5人が獄死。集団心理の暴走により人間が崩壊した恐ろしい事件です。このセイレム魔女裁判事件の舞台となったセイレムを元ネタに、TRPGで有名なクトゥルフ神話の架空の町「アーカム・シティ」が作られました。邪神が跋扈し、人々が疑心暗鬼になるアーカムよりも恐ろしい町は、一時期アメリカに確かに存在していたのです。

魔女を裁く人こそ、人間の形をした悪魔だったのか……?

image by iStockphoto

聖書の一文を根拠としてはじまった魔女裁判。教義から外れる異教めいたものや、社会の下部に存在した女性、教会をおびやかすエネルギーを徹底して恐怖し排除しようとした西洋世界。しかし新約聖書でイエス・キリストはこのように言っています。

あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。

――マタイによる福音書 口語訳 7章2節

宗教って、何なんでしょう。キリスト教は本来許しの宗教なのに、不思議ですね。

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