今さら聞けない・でも知りたい「大航海時代」ってどんな時代?
スペインによるアメリカ大陸発見
大航海時代の初期にポルトガルとしのぎを削っていたのが、バルカン半島でお隣同士でライバル関係にあったスペインです。
ポルトガルが海をひたすら南下してアフリカ大陸をぐるりと回る航路を見出したのに対し、スペインは西を目指そうとしました。大西洋を横断し、ポルトガルとは逆廻りでアジアやインドに向かおうとしたのです。
でも、そこにはヨーロッパ人がまだ知らない大地がありました。アメリカ大陸です。
1492年、スペインの女王イザベルの命令を受け、当時イタリアの商人であったクリストファー・コロンブスが西廻りの航路の開拓に挑みました。
コロンブスは最初、「西廻りでインドに行きたいから資金を出して」とポルトガルに売り込みに行ったのだそうですが、アフリカ廻りの航路開拓で忙しいポルトガルには断られてしまいます。
そんなコロンブスに目を付けたのが、スペイン王室だったのです。
長い航海の末、コロンブスはとある島に上陸。カリブ海に浮かぶバハマ諸島のひとつでしたが、コロンブスは亡くなるまでインドに上陸したと信じていたと伝わっています。残念ながらここはインドではありませんが、この周辺の島々はコロンブス由来。「西インド諸島(West Indies)」と呼ばれています。
しかし、この西廻りのルートが、スペインに新たな風を吹き込みました。
1519年、ポルトガル人の冒険家フェルディナンド・マゼランがスペイン王の資金援助を受け、南アメリカ大陸南端の航路を見出し太平洋を横断します。3年もの歳月をかけ、フィリピン、インドネシアを経由して大西洋、アフリカ南端を通ってスペインに帰還。地球一周を達成し、地球が丸いことを実証したのです。
アメリカ大陸は貴重な鉱物の宝庫。フィリピンやインドネシアでも珍しい香辛料がたくさん採れます。スペインはこの後も、西廻りの航路の開拓に力を注いだのだそうです。
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ヨーロッパその他の国々の航海
ポルトガルとスペインが対立しながらそれぞれ航路開拓を進める中、少し遅れて他のヨーロッパの国々も航海を開始します。
まずはイギリス。スペインが南米・中米方面の開拓に精を出す中、15世紀末頃から北アメリカ大陸の開拓を開始します。
フランスも同様に、アメリカ大陸の東海岸やカナダへの航路の開拓を推し進めていました。
スペインからの独立を果たしたオランダも大型の船を次々と建造し、アフリカやインド方面への航海を行って植民地を増やしていきます。これらの国々は後発隊ながら大きな国力や資金、航海技術を持っており、先発隊であるポルトガルやスペインの地位を脅かすこととなるのです。
こうして2世紀近い間、ヨーロッパ諸国による大航海時代が続きます。
17世紀頃になると、地上の主な大陸・地域を網羅。海沿いの主要な大陸や島々はヨーロッパの国々の植民地や領地となり、大航海時代は終わりを告げます。
大航海時代が到来する前は、ヨーロッパ人たちは富を求めてひたすら東方を目指していました。しかし西や南方面の大規模な航海が可能となったこの時代を経て、経済の中心はヨーロッパの東側から西側に移ります。
ポルトガルやスペインは先に広大な領土を獲得していたにもかからわず、後半失速。イギリスやフランス、オランダの勢いについていくことができませんでした。大航海時代の後、経済の中心となったのはイギリスであるといわれています。
国によって差はありますが、17世紀頃までに世界各地に交易ルートや植民地を得たヨーロッパの国々。航海で得た巨万の富を足掛かりに、産業革命が起こって近代化が進みます。
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お宝というと、金銀宝石をイメージしがちですが、この時代のお宝とは「ヨーロッパ人たちが欲しがるもの」。香辛料がもてはやされたのは周知のことですが、それ以外にも、トウモロコシやトマト、カボチャなど穀物や食材が多かったと言われています。現代の激辛ブームをけん引するトウガラシも、大航海時代に急速に世界に広まった食材の一つなのだそうです。グルメなヨーロッパ人たちが、ヨーロッパでは手に入らない珍しい食材をどん欲に求め、それに応える命知らずの船乗りたちがいた、ということなのでしょう。大航海時代は経済の流れが変わった時代でもありましたが、それと同時に、食生活の革命が起きた時代でもあったのです。