小説・童話あらすじ

坂口安吾は「白痴」「堕落論」だけじゃない!ロマンスや推理小説まで意外な名作をご紹介

「生きよ、堕ちよ」――太平洋戦争敗戦後、すべてを失い呆然としていた日本人に福音『堕落論』そして『白痴』をもたらした、文豪・坂口安吾。どうしても「堕落論と白痴のひと」というイメージが強いですよね。しかし彼、なんともマルチな作家!王朝もの恋愛小説、そして推理小説……今回は坂口安吾という作家と、教科書では知らされない意外な作品のカオをご紹介します。

坂口安吾って何者?

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不明http://hohsi.exblog.jp/14499809, パブリック・ドメイン, リンクによる

坂口安吾の作風を見るに「道徳?良心?知らない子ですね……」と言わんばかりの傍若無人キャラが跋扈する魑魅魍魎な百鬼夜行。戦中戦後という時代背景も関わっているでしょうが、彼の作品は群を抜いて特殊です。彼自身の人生も、なかなかアグレッシブ。1906(明治39)年~1955(昭和30)年という日本の激動期を生きた、破天荒児。まずは彼のプロフィールを。

落伍者をめざし、悟りを求め、悩める破天荒少年

本名は坂口炳五(さかぐち へいご)。1906年、新潟の衆議院議員の家に5男として生まれます。議員さん、ということはそう、大金持ち!屋敷の広さはなんと520坪、下手なお寺も真っ青の広さと設備です。しかし祖父の事業の失敗、父親は政治熱がこうじてしまい、家は傾きかけていた、そんな幼少期が坂口少年の背景にありました。

少年時代の彼はとにかく、破天荒なガキ大将。この破天荒っぷりは彼の生涯を貫くことになります。しかし家の財政は傾くばかり。坂口少年にとって学校の授業など面白くもなんともなく、落第に続く落第、家庭教師をつけられても逃げ回っていました。彼があこがれたのは、「落伍者」という人物像。このように傍若無人に見えながらも、坂口安吾は精神的に追いつめられ、何度も何度も自殺未遂を企図しているのです。それを押し止めるため、小説や学問に走りました。

さてそんなトンデモ少年は、大量の小説を読みまくる少年期を送り、その後東洋大学印度哲学科に進みます。哲学……彼は「悟り」を求めたのです。しかし最終的にすべてを放り投げ、そして小説への道を志すのでした。坂口安吾のペンネームの由来は「心安らかに暮らす=安居」という仏教用語に由来します。短編『風博士』『黒谷村』が島崎藤村などに激賞されて新進作家として注目されるようになった安吾。その後今回紹介する『紫大納言』などの佳作を発表しますが大ヒットには至りません。そして運命の作品を上梓するのです。

「堕落論」から文壇の寵児へ、人気作家、強烈なエネルギーを発揮

『堕落論』『白痴』の上梓は1946年。日本人は「欲しがりません勝つまでは」と耐え忍んだ、太平洋戦争の熱狂や信念がすべて否定され、敗戦国として呆然とした日々を送っていました。しかし坂口安吾は「生きよ、堕ちよ」と作中で言います。これは戦争前から何度も死と向き合い、生きのびた安吾の結論でもあったのかもしれません。

潔い死、を選べなかった人が満ち溢れていた日本においてこれは、まさしく福音。『無頼派』として文壇で地位を確立しました。しかし彼は「ふつうの文学者・作家」になれなかったのです。だから「坂口安吾」になるしかありませんでした。彼の作品はロマンス、推理小説、時代物、歴史小説などマルチ!読んでいて飽きません。

大人気作家として多忙な作家生活を送る坂口安吾。彼の生涯を通じる精神的不安はその後、ヒロポン、アドロムなどの薬物中毒につながります。それでも強靭な力で執筆を続け芸術に生命を捧げたのです。このエネルギーや信念は坂口安吾の作品を読めば読むほど感じられる、すさまじいものですよ。1955年、坂口安吾は脳溢血で唐突に世を去りました。

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『紫大納言』安吾が切ない平安ラブロマンス!?

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坂口安吾の代表作の1つに数えられるのが、1939年に発表された『紫大納言』。それまでも古今東西、無差別に読書の学びを積んできた安吾、その彼が古典おとぎ話の世界に乗せて彼自身の世界を描いた佳作です。かくも哀しく切なくあわれな恋物語。坂口安吾のイメージがカンペキに覆る平安時代のみやびな世を舞台にした恋物語から、まずはご紹介しましょう。

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紫大納言と天女、醜悪と清廉の葛藤

ときは花山院の御世、といいますから平安時代。紫大納言という貴族がいました。でっぷり肥満体で50歳、当時として50歳というのはもうおじいちゃんです。好色な彼は盗賊が跋扈する平安の都を夜な夜なそぞろ歩き、夜明けの別れ際のカップルをひやかすという御仁。いわゆるチビデブハゲのエロおやじです。

そんな紫大納言の眼の前に、月の姫が寵愛する笛を落とした天女があらわれます。笛を手にしたエロオヤジの紫大納言は言葉巧みに天女を自分の屋敷に招くのです。しかし灯りのもとで紫大納言はそのあまりの清らかさに呆然とします。「5日間待ってください」彼は言いました。天女の肉体に惹かれながらも、その美しさ清廉さのために手が出せない……彼にとってはじめての経験でした。

肉欲と、不可侵ともいえる天女の乙女の気高さ。悶々と激しい葛藤をする紫大納言。約束の5日目、紫大納言の眼の前にあらわれた一群の男たちは……彼は笛を、そして天女を一体どうするのか?身を着られるような葛藤が切々と迫ります。

古典文学やおとぎ話を、坂口安吾ワールドに

この作品が上梓されたのは、坂口安吾が『風博士』で新進作家となったものの不安にさいなまれ、日本各地を転々と移動し、人と出会っては絶縁したり……という安吾が追いつめられていた頃のことです。坂口安吾はその少年時代から、悟りを求めて絶望したころも、死ぬまで膨大な量な書物を読んで勉強を積んでいました。

その中で彼は神話や伝説、むかしの物語も学んでいたのです。坂口安吾作品の特徴として、なかなか「人間離れ」したキャラクター造形があります。その人物の根源的な動機は「好色・性欲」「欲望」とそれに負けるか打ち勝つか。その悶えを一生を通して描いた安吾でしたが、それを平安時代、王朝ものを舞台にして物語につむいだこの『紫大納言』は、本当につらくせつなく哀れな小説です。

醜悪な紫大納言の性欲とせつない恋、みずからの欲望。清らかな乙女、処女の固い強い意思。ただれる肉欲の人生を送ってきた紫大納言のゆくえは?おとぎ話を「坂口安吾のおはなし」に昇華させた佳作です。

アニメ化も!『明治開化 安吾捕物帖』シリーズ

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2011年にノイタミナ枠で放映されたアニメ「UN-GO」。その原案が『明治開化 安吾捕物帖』シリーズです。明治時代初期の、文明開化時代を舞台に紳士探偵、戯作作家や脳みそ筋肉の剣術家、ついでに、勝海舟?濃いいキャラクターを散りばめ、なかなかアッパレな事情と動機を持つ被害者や被疑者、関係者を用意したエンタテインメント。ちなみにアニメでは近未来を舞台に変更していますよ。はたして傍若無人きわまる探偵小説やいかに?

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