小説・童話あらすじ

坂口安吾は「白痴」「堕落論」だけじゃない!ロマンスや推理小説まで意外な名作をご紹介

魅力的なキャラクター満載!明治を読み解く家制度も解説

シャーロック・ホームズの系譜を継いで日本テイストに味付けし、主に江戸時代を舞台にした探偵小説を「捕物帖」と呼びます。江戸時代幕末を舞台とした捕物帖に『半七捕物帳』という傑作があり、他にも『銭形平次捕物控』など(「ルパン三世」の銭形のとっつぁんの元ネタです)。「コレなら俺でも書けるだろ!」と思っちゃったのかもしれません。

登場人物は、紳士探偵・結城新十郎、脳みそ筋肉の剣豪・泉山虎之介、もとは戊辰戦争で功績を立てその後戯作作家としてヒットしたお調子者、美味しいところ持っていく・花廼屋因果。キャラ立てバッチリ。その上「明治時代初期の頭いい人代表」として勝海舟を登場させミスリードをこなすなど、ノリノリのエンタテインメントです。

1話完結のこの探偵小説。涼しい顔して万引を繰り返す大富豪の一家。これからは武士は没落すると、口減らしのためと子供を追い出し金で争う家族を見て楽しむ、鬼のごとき倹約家の士の話。土地の人に神の末裔と崇められる旧家の抱く謎の物語……設定や事件もスゴイ!短くキレの良い探偵小説。ぜひ手にとって見てください。

解説!「本家」「分家」って何?

この『安吾捕物帖』作中で出てくる「本家・分家」問題について、これからお読みになる方のため、ちょっと解説しておきましょう。田舎にお住まいの方はおなじみかもしれませんが、家制度がなくなりつつある現在、いまいちピンとこないもの。

まず「本家」「家長(男性。主に父親や長男)」がトップにおり決定権を持ちます。「分家」とは長男以外の弟などが一家を構えたもので、本家よりも弱い立場です。「妻」がいますが、「妾」を置くことも。お妾さんにはお手当が支払われ、囲い者として別宅を与えられて男性が通うこととなるのです。本妻の子よりも妾腹(二号)の子は格が低いもの。嫁ぐということはその家の人になる、ということ。いるべき場所に適応できず離縁されたという人は問答無用で村八分でした。

跡継ぎは「惣領」と呼ばれます。ちなみに「婿養子」の場合には、妻のほうが「家のひと」のため妻>夫という構図になるのです。婿養子はたいてい次男三男などが、男子のいない家へ婿入りしてなるもの。つまり同じ親戚縁者でも力関係が違ったのです。これは地方の旧家・大家の子として育ちその凋落の中で幼少期・少年期を送った、坂口安吾自身の体験も大いに反映されているでしょう。「分家は本家より弱くて、婿養子は家の娘より弱くて、長男や父親などの家長が一番エライ」と頭に入れておいてくださいね。この作品が一気にわかりやすくなりますよ。

みんな殺されちまえ!?ゲスの集いのコメディ推理小説?「不連続殺人事件」

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「正答率、1%」というキャッチコピーのゲームがありましたが、この小説もまさしくそう。正解した読者には賞金なんと当時の大金1万円!挟まれる作者の挑戦状で「答えを出せない祖国の人材のなさに絶望した」とまで煽ります。筆者は数多く推理小説を読んできましたが、日本の推理小説でコレが一番面白い!大トリに紹介するのは、坂口安吾、最強のエンタテインメントです。これを読まずに死ぬのはもったいないですよ!

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加害者も被害者も人間のクズ!?悲壮感ゼロで先が読めない最高のエンタテインメント

ときは昭和22年、夏。N県の田舎の別荘に一癖も二癖もある……どころじゃありません。揃ったのは招待された男女、家族の者などあわせて総勢29人。関係性は……元夫、元妻、元妾、元恋人、ワンナイトラブの相手……欲望ムンムンで貞操?食べ物ですか?という人物ばかり。全員がゲスな上に、全員が殺人の動機を持っている。ちょっとは良心の呵責で挙動不審になってもいいところを、そんな可愛げある人物は誰一人なし!

誰でも犯罪を犯せるし、誰にでもできる方法で行われる殺人……。推理小説を読み慣れた方ならご存知のとおり、犯行動機さえわかれば犯人はわりとあっさり割れるものです。しかし本作では、全員が動機バッチリの上に被害者も人間のクズ。人が死んでも悲壮感など一片もなくギャグのような感じさえ覚える描き方で、推理を抜きにしてもノリノリで読むことができます。

この作品を、日本探偵小説・推理小説のレジェンド江戸川乱歩は大絶賛。「純文学作家には大した推理小説作品を書くヤツがいない」と嘆いていた乱歩でしたが、トリックや描き方など斬新な本作は激賞でした。それにふさわしく、本作、最後の最後は感動の一言です。

ほくそ笑む坂口安吾、ひたすらなミスリード

挟まれる「作者からの挑戦状」もなかなか味わい深いものがあります。読者の「安易」な推理を鼻であしらい、時の文壇を彩っていたキラ星のごとき小説家たちの推理を蹴っ飛ばし、その上作者は「タイトル自体がミスリードの可能性があると考えないのか」「祖国の人材のなさに絶望した」などジャンジャン挑発をかけてくるのです。

しかも途中で「もうここまででホントなら犯人はわかる」とぶん投げてくる傍若無人さ。本作の見どころの1つは、ゲスもゲス、堂に入った欲望に忠実な登場人物たち。ああ死んでスッキリした!と毎回なぜか溜飲を下げてしまうような謎の読書体験も味わえます。繰り返しますが、この推理小説、正答率は限りなく1%以下(正答者への安吾の賛辞もお楽しみに)。動機がありすぎる殺人事件、まず絶対に解けません。

しかも作者・坂口安吾からかけられた賞金は、当時の大金1万円。読者の一部は賞金欲しさに編集者の買収まで試みるという、なかなか気合の入った手段を試みたともいいます。ちなみにこの『不連続殺人事件』、坂口安吾の初!推理小説。やっぱり安吾、スゴイ。

坂口安吾『不連続殺人事件』のウラ攻略本?

無理!絶対むり!と頭を抱えながら筆者も『不連続殺人事件』を読みましたが、あえて言うのならば、ウラ攻略本のようなものがあります。それが彼の書いたエッセイ『推理小説について』です。こちらは坂口安吾全集に収録されており、青空文庫やKindleにて無料で読むことができます。

日本を代表する推理小説家・江戸川乱歩から本格的にはじまった日本の推理小説。その後数々の作家が登場し、日本三大奇書には『黒死館殺人事件』の小栗虫太郎の推理小説も……この頃の推理小説を読んだ方なら彼の主張も納得することでしょう。一言で坂口安吾の主張をまとめると「変態すぎる上に、トリックがリスク高すぎてまったく合理性がない」というもの。

超読書家の坂口安吾は言わずもがな、海外の探偵小説もどっさり読んでいます。アガサ・クリスティ、コナン・ドイル、ヴァン・ダイン……安吾は一級の批評家でもありました。彼の創作哲学が書かれたこの小論、『不連続殺人事件』を読むにあたってちょっとしたコンパスの役割を果たす……かも?日本の推理小説や探偵小説の本質を一瞬でつくこの名エッセイ、推理モノ好きならば読んでおいて損はありません。

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