小説・童話あらすじ

日本三大奇書「ドグラ・マグラ」夢野久作の描く悪夢をわかりやすく解説

〈攻略方法〉チャカポコは記号だ、読み飛ばすべし!

「ドグラ・マグラ」最大の特徴として、記号やカタカナの使い方が非常に秀逸だということです。「……」(三点リーダ)や「――」(ダッシュ)が多様され、先も少し述べましたが漢字・ひらがな・カタカナのバランスも絶妙。これでもう少しひらがなや漢字のバランスが違って見た目がキレイなら、どれだけ怖くなかっただろうか……と小説オタクの筆者は震え上がっていました。

さてチャカポコの攻略方法です。それら記号と同様に、チャカポコをただの記号として読み飛ばしましょう!乱暴ですが、とりあえず内容だけ把握できればよいのです。繰り返します、「丁寧に読む」は本作品においては、挫折フラグ。

それに不思議とだんだん慣れていきます。登場人物がチャカポコ木魚を叩きながら路上で叫んでいるさまが目に浮かび、それを道端で「なんか変なヤツがいるなぁ」とながめている気分になれるのです。優れた文章は脳内で音楽として鳴り響くものですが、その意味で夢野久作は満点ですね。

〈挫折ポイント3〉本筋はどこだ!?作中作の過去編が終わらない!

作品冒頭、精神病院で目覚めた美青年が、みずからの失われた記憶と真実を追うために様々な資料をたどっていくという筋が明かされます。が、途中から主人公(なはず)の青年はフェードアウト。読者と主人公が辿らされるその記録は、チャンバラあり、警察モノあり、歴史上のあんな事件こんな人物まで登場してどんどんカオスに……そしてついに真の謎が解明されていくのですが……。

この入れ子構造が狂気の正体の1つ、そして作者・夢野久作がこの小説の完成に10年間もかかった理由でしょう。1つ1つの入れ子の中にそれぞれ別の物語が詰め込まれており、それらの暗示するところは何なのか……とそれを解説することはできません。なぜなら読む人がどんな人か、あるいは読むタイミングによって、まったく違う感じ方・見方ができてしまうから。これを詳しく語って「ドグラ・マグラ」を読む意義が薄れてしまいます。

しかしそれにしても、文字通り「一筋縄ではいかない」本作。あらすじは役に立たず、全体を貫くものはあるものの無限の脱線があり、と思いきやすべてがつながっているように見える……こんな小説、少なくとも日本では他に存在しません。

〈攻略方法〉どんどんおもしろくなるから、絶対あきらめないで

生粋の読書家でこの奇書を数回読み返した筆者でも正直、心が折れます。自分はどこにいるのか?なぜこのエピソードを読むのか?どんどんわからなくなり、本を置いて……しかしまた手に取るのです。この難関をクリアする方法は、そう。

「作中作1つ1つを、とにかく堪能する」。これです。味わい深く狂気の渦につつまれているうちに、1つの収束点へ向かっていきます。おとなしく、狂気に逆らわず、作中作を楽しみましょう。あきらめたら頂上の景色は見られないのです。

ラスト、まさかのどんでん返しが待っています。筆者はこの爽快感のために何度も読み返すくらい。「ドグラ・マグラ」が狂気の書というだけでなしに、「奇書」トップ3にチョイスされるくらいの優れたエンタテインメント小説だということがわかりますよ。読了後、絶対に後悔はしないはず。

「ドグラ・マグラ」まさかの元ネタをご紹介

image by iStockphoto

ここまで読んだ方は「ドグラ・マグラ」という作品についてどう思ったでしょうか?天才と狂気は紙一重ですが、本当に天才って何考えてるかわかりません。しかしこの発想は天から降って湧いたわけではなく、きちんと背景や元ネタが存在するのです。荒唐無稽に見えて、現実と地続き……本書に狂気を感じる理由は、そこにあるのかもしれません。まさかの元ネタを紹介しましょう。

大正15(1926・昭和元)年の「精神病」って?

そんなキチガイだの発狂だの大げさだなぁ……と思ってしまうのは現代人だから。作品が書かれた大正年間当時は精神病への治療法が、なんと、ありませんでした。フロイト博士が精神分析を創始したのは、1886年。すなわち作中世界のわずか40年前。薬物療法が発達するのは20世紀も後半になってからのこと(文豪や芸術家の自殺が一時期までとても多いのは、精神疾患にかかっても副作用の少ない薬がなかったからです)。

その上診断に必要なガイドラインもMRIなどの検査機器もなく。では精神疾患にかかったらどうするかというと「閉じこめて隔離」するだけ。裕福な家庭だと座敷牢といって、離れや蔵などの一室に幽閉して生かさず殺さずの生活を強いたり……そして本作「ドグラ・マグラ」で扱われているように、とりあえず精神病院へ放りこんで姥捨て山のような状態にしたり。

精神病は遺伝するということは強く信じられていたことから、遠縁の親戚に1人でも精神病患者がいれば縁談は不可能というのが普通でした。これは「ドグラ・マグラ」の作中でも提起されている問題です。このような深刻な状況下である革新的な説を唱えた人物がいます。それが「ドグラ・マグラ」の元ネタといわれる人物なのですが……。

まさかモデルが!?日本精神医学の恩人・呉秀三

Shuzo Kure.JPG
By 不明 – Porträts hervorragender Psychiater. Psychiatrisch-neurologische Wochenschrift 12, 1910, パブリック・ドメイン, Link

本作のキーパーソンの名前は「呉一郎(くれ いちろう)」。この呉くんの一族にまつわる「あるもの」が物語を動かし、また主人公はそれゆえに苦悶します。さてこの呉くんの名前、そして本作の中で論じられる「開放病棟構想」にはある人物が関係しているのです。

その人の名は、呉秀三(くれ しゅうぞう)。精神科医にして、日本近代精神医学の恩人です。閉鎖病棟に隔離して拘束するだけの「治療」下にいる患者たちに心を痛めた呉氏は、開放病棟について構想し、患者の人権を重んじた先駆的人物でした。日本近代精神医学の医学者のほとんどが呉秀三氏の影響を受けていると言われるほどの巨人。ちなみに現在、日本の精神医療では「閉鎖病棟」「開放病棟」の2種類があります。「ドグラ・マグラ」作中に出てくるあるシーンは精神科の入院治療で行われる作業療法にちょっと似ていたり……。

生涯を精神病患者の人権、待遇改善のために尽くした呉秀三。夢野久作は彼の存在に影響を受けて本作のキーパーソンに「呉」の苗字を与えたと言われています。

次のページを読む
1 2 3
Share: