ヨーロッパの歴史

【絵画】ロマン主義って何?19世紀ナポレオン戦争時代、人の「感情」を描ききる芸術の新境地

ロマン主義が台頭したのは、18世紀末~19世紀。ナポレオン戦争の影響で民族主義の情熱が高まった時期です。人間の理性と調和を信じた新古典主義の後に登場した芸術運動・ロマン主義は「感受性」「感情」そして「個」を表現した、それまでにない芸術運動でした。今なお多くの人に愛されるロマン主義絵画の世界。一体どんな特徴があるのか?美しい絵画の画像とともにご紹介しましょう。

「ロマン主義」って何?時代背景や特徴とは

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18世紀末~19世紀のヨーロッパで隆盛を極めたロマン主義。ちょうどナポレオン戦争や王政復古の時期です。この激動の時代、同時期に盛んだった芸術運動に新古典主義がありますが、ロマン主義との対立の理由、もとい相反する要素とは一体何だったのでしょう?そしてロマン主義とはそもそも一体?歴史背景も踏まえて解説してまいります。

ロマン主義の特徴と歴史背景

David - Napoleon crossing the Alps - Malmaison1.jpg
By ジャック=ルイ・ダヴィッド – histoire image: info pic, パブリック・ドメイン, Link

芸術と時代は実は密接に関係があります。ロマン主義が興った時代はフランス革命が実現したのち、ナポレオン戦争が起こってヨーロッパ中が大騒ぎ、その過程で「民族主義」が強まっていきました。このナショナリズムの高まりは表現者の間の哲学にも影響を与えます。

「中世へのあこがれ」「感情や個の尊重」「恋愛賛美」などの特徴を持つロマン主義。芸術家たちによって描かれた作品を鑑賞することで、人びとにとある自覚が芽生えます。民族主義――すなわち「みずからのルーツを探る」ことで自分の故郷や民族を愛し団結することを覚えたのです。これが近代国民国家を形成するきっかけになるという、ロマン主義は大きな潮流でした。芸術って歴史を動かすんですね。

ちなみにロマン主義の「ロマン(Roman)」は、中世時代に庶民の間で用いられていたロマンス語が語源。転じて、この芸術運動は支配者層(ラテン語を使うインテリ)ではなく、庶民の文化や世界に端を発するという意味を持っています。

ロマン主義により開放された「感情」「個性」

一時期まで芸術の世界も、教会や高位聖職者がパトロンであるなどの理由もあり、キリスト教の教条主義の影響をガチガチに受けていました。教会の権威がフランス革命により否定され、弱体化した後に登場したのがロマン主義です。

ロマン主義は、自由に、感受性を重んじました。一定のスタイルを示すものではなく、感情的表現を重視している芸術をロマン主義と呼称します。「人間個人の感情」という要素は今まで絵画において無視されがちなものでした。今まで着目されていなかったものに向き合い、表現し、人の心に訴える……。

悲しみや怒り、憎悪などをむきだしに素直に描く芸術運動はこれまでにありませんでした。だからこそ表情豊かなロマン主義は人びとを今なお魅了し続けます。

激しく対立した〈新古典主義〉って?

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By ドミニク・アングル[1], パブリック・ドメイン, Link

ロマン主義を語る上で外せないのが、新古典主義です。新古典主義はデッサン重視、人間の理性と秩序・調和を信じる芸術運動でした。一方でロマン主義は「感情」、それもその感情の表現からくる混沌までも肯定するもの。理性と感情、デッサンと色彩――真っ向から対立する要素です。どちらが劣っているとか間違っているとかはないのですが、激しい論争が発生するのは必然でした。

象徴的なのが、新古典主義の巨匠ドミニク・アングルと、ロマン主義の大画家ウージェーヌ・ドラクロワの2つの絵画です。こちらはアングルの「ルイ13世の誓願」。美しく調和に満ち、神々しく清らかな世界観。一方で先に掲げたドラクロワの「キオス島の虐殺」。調和は存在せず、暗さと悲しみ、疲労、絶望など、むきだしの感情が渦巻きます。

ロマン主義と対照的でありながら、独自の見事な技術と世界を作り上げている新古典主義の絵画については、こちらの記事に詳しい解説をしてありますので、そちらをぜひ御覧ください!

【フランス編】ロマン主義絵画の巨匠たちの世界をご紹介

Eugène Delacroix - La liberté guidant le peuple.jpg
By ウジェーヌ・ドラクロワThis page from 1st-art-gallery.com, パブリック・ドメイン, Link

お待たせいたしました、代表的なロマン主義絵画と画家を紹介していきましょう。まずは芸術の国フランスから。みなさん、この絵は知っていますね?歴史の教科書で見て印象的だった方が多いのではないでしょうか。ロマン主義を代表する画家ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」です。フランスにおける時代の大転換期・ナポレオン戦争にフランスはどのような絵画を生み出したのでしょうか?

ロマン主義といえばこの人!ウージェーヌ・ドラクロワ

ドラクロワはロマン主義を代表する画家にして、フランス絵画の巨匠です。彼の劇的な色彩美、構成は後に興る印象派のみならず写実主義にも影響を与えてます。先に掲げた「キオス島の虐殺」を「絵画の虐殺」と評した評論家まで存在したのですが、それほど既存の概念や描き方を打破した革命的な画家だったのです。

ドラクロワの2枚の絵画を解説しましょう。まずすでに紹介しました「民衆を導く自由の女神」。ロマン主義の芸術家に大きな影響を与えた歴史的事件の1つがフランス七月革命。フランス史において「栄光の3日間」と呼ばれるほど大きな事件をベースに描いたこの絵画は、旧100フラン札に描かれていたこともあります。

2枚目の「アルジェの女たち」、こちらはアルジェリアのハレムに住む側室たちを描いたもの。ロマン主義の特徴の1つに数えられるオリエンタリズムですが、この絵にはそれまでの芸術シーンのようなキリスト教の世界観から来る道徳性はありません。性的なしどけなさが妖しいですね。

人間の極限状態を追求し描いた夭折の天才、テオドール・ジェリコー

Théodore Géricault - Le Radeau de la Méduse.jpg
By テオドール・ジェリコー, パブリック・ドメイン, Link

それまでの絵画は聖書や神話を題材にとることが多いものでした。現実世界というないがしろにされがちだった対象にスポットライトを注いで、ロマン主義のみならず後の写実主義にまで強い影響を与えた夭折の天才、それがジェリコーです。

代表作「メドゥーズ号の筏(いかだ)」はその象徴的作品。まず事件について解説しなければなりません。フランス海軍がモーリタニア沖で座礁、147名の軍人が急ごしらえの筏で漂流することになります。13日の後、生き残ったのはわずか15人。生存の過程で巻きおこったのは飢餓や脱水のみならず、食人行為や発狂……。

ジェリコーは混沌と破滅、凄惨さを表現するために、事件の生存者に話を聞き、病院で瀕死の病人の肌の色をスケッチ、死体のデッサンを重ねるなど、究極のリアルを表現するためにあらゆる力を注ぎました。血の気が引くような絶望、極限の恐怖、失神するほどの悲嘆。すさまじい負の感情が見る私たちを叩きつけられるようです。

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