平安時代日本の歴史

光源氏は理想の浮気男?人でなしのクズ?プレイボーイの正体を解説

兄・朱雀院も、光源氏のことをこんなふうに(与謝野晶子訳、源氏物語「若菜」より)

「そのとおりだよ。あの人の美は普通の美の基準にあてはまらないものだった。近ごろはまたいっそうりっぱになられて光彩そのもののような気がする。正しくしていられれば端麗であるし、打ち解けて冗談でも言われる時には愛嬌があふれて、二人とないなつかしさが出てくる。何事にもどうした前生の大きい報いを得ておられる人かとすぐれた点から想像させられる人だ。」

こんな浮気男ならいいかも?どんな女性でも愛する寛容さ

世の中は美男美女が優遇される傾向にありますが、光源氏が愛したのは紫の上や明石の方などの美女だけではありません。身分はありながらも目も当てられない絶句モノのぶさいく女〈末摘花〉、思いたったが吉日で夜這いをしかけた中流貴族の人妻〈空蝉〉、光源氏の息子から「あの父上の妻としては顔がいまいち」と言われてしまう〈花散里〉。当時は御簾(みす)や几帳(きちょう)がおろされた暗い屋内で逢瀬を行うため、顔や容姿をはっきり見ることは難しいこと。偶然見た恋人の顔が微妙だったら?それでも光源氏は見捨てることはありません。

5年間自分を待ち続けた末摘花の誠意を愛し、空蝉のしとやかな気品と情に折れることのない人妻としての気丈さを尊敬し、ほっとする人柄と抜群の家事スキルを持つ花散里を生涯の妻としていつくしむ。どんな女性でも美点を見つけてくれるのです。光源氏はなぜここまで愛されるのか?その答えは「多くの人を愛したから」でしょう。一度関係を持ったからにはどんな欠点がある女性であっても、生涯手元で面倒を見ました。

光源氏のビジョンは紫式部の願望?

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最後に、ここからは光源氏を生み出した女流作家・紫式部に絡めて彼のことを語りましょう。「源氏物語」が誕生したのは一条天皇の御代。作者は藤原道長をパトロンとして中宮・彰子に仕えていた女房〈紫式部〉。彼女は作品にどんな願いをこめたのでしょうか?そして、こんな光源氏がなんだかんだ今になっても、愛されつづけている理由とは?

独身女の希望炸裂?あらゆる女性を愛する光源氏

イケメン、身分も高くお金持ち。ハイスペック男の光源氏ですが、そのモデルとなった人物はパトロン藤原道長とも、平安時代を代表するプレイボーイの在原業平とも、左遷の憂き目にあった菅原道真ともはっきりとは特定されていません。紫式部自身は親子ほども離れた超年の差婚で早く夫に死に別れ、その後藤原道長の娘、中宮彰子の女房として宮仕えに出ています。わずか3年の結婚生活を送った夫の死後は、長らく独身生活であったわけです。

独身女だからこそほとばしる、こんな男ならいいな、こんな女性になりたいな、の希望の数々!『こんな浮気男ならいいかも?どんな女性でも愛す寛容さ』の項で前述したとおり、顔がよくなくても愛してほしい。紫の上や明石の方のように、どんな境遇にあっても志を高く持って努力すれば、美しく、教養もあるすばらしい貴婦人になれるはず。「源氏物語」は光源氏をトリックスターとして数々の女性像が描かれる物語。多彩な女性をひっくるめて一度に愛する、それだけの度量を持つプレイボーイは創造されました。いいところを見て!そして愛して!女の願望爆発です。

女の自由のない世での女と男、そして愛

作者の紫式部は、光源氏を狂言回し的なキャラクターとして設置し、多種多様な女性を描きたかったという側面が「源氏物語」にはあります。紫式部自身は、花山天皇に漢学などを教えた、学者の父から直々の手ほどきを受けた超インテリ女性。しかし仏教の「女性は罪深い」という世界観のもと、平安時代の女性はうす暗い屋内に引きこもり、どんなに学問があっても素質があっても、外に出ることが許されない自由のない人生を送ることになります。そんな中で彼女は光源氏を中心軸に、多くの女性が交錯する長編恋愛小説を書き上げました。

貴族として複数の妻をもちながらも、それぞれ最高の形で愛する努力をした光源氏の姿は、まさに輝くばかりです。しかし多くの女性と関係することで、最愛の妻・紫の上を苦しめ、女三の宮をめとった晩年は自身も苦悶することになります。はたして多くの女性と恋愛できたからといって、光源氏は幸せだったのでしょうか?

光源氏に終始つきまとう「出家願望」とは?

多くの女性を愛し、愛された光源氏。しかし仏教では「愛」は「執着」です。執着は罪であり、それから解き放たれるのが理想の姿。源氏物語は恋愛小説ですが、宗教的には「罪」である恋愛を繰り返す物語。それはよろしくないと光源氏も頭ではわかっていて、何度か出家願望が強く頭をもたげていました。出家をすると、死後に極楽へ行けるように、生きているうちから善行や勤行をすることになります。一方でそれに際しては、親子兄弟、妻や恋人、友人などすべてのつながりを捨てなければなりません。

光源氏は出家に至るまで自分をこよなく愛してくれた両親や祖母、妻や義理の両親、恋人など多くの大切な人を見送りました。光源氏が長らく出家をしなかったのは、自分の片割れとも愛した紫の上を切り離すことができなかったから。妻の死による深い悲しみでようやく仏の道に入ります。恩愛の情に最後までほだされ、最愛の妻の死の悲しみでようやく、仏道に入る決心をする……源氏物語は仏のもとへ至るまでの試練のストーリーでもあるのです。

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