三国時代・三国志中国の歴史

三国志人気No.1!男も惚れる忠義心溢れる勇将「関羽」の生涯をわかりやすく解説!

孫権に惜しまれながらも斬首となる

孫権は関羽の武勇を惜しみ、なんとかして配下にしたいと思っていましたが、側近たちは「狼の子など養うことはできません。きっと必ず害となります!曹操はこやつを殺さなかったために、遷都まで考える羽目になったのですぞ」と反対したため、孫権は関羽を斬首したのでした。

その後、皇帝を称し蜀を建国した劉備ですが、関羽の死への報復のために兵を起こし、孫権との夷陵(いりょう)の戦いに臨みました。しかし結果は大敗。これによって蜀は大きな損害を受け、劉備自身も失意のあまり病に倒れることとなります。そして、蜀は衰退へと向かう中、諸葛亮が孤軍奮闘する状況となっていくのでした。

神となった関羽

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関羽は、死後は「関帝(かんてい)」として祀られ、神となりました。中華街などには関帝廟(かんていびょう)がありますが、あれは関羽を祀ったものです。京劇も多く登場する関羽は、顔を赤く塗られています。これは忠義の証とされており、死してなお、彼はたくさんの人々から尊崇される存在なのです。

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