小説・童話あらすじ

20世紀フランス文学の巨編「ジャン・クリストフ」ロマン・ロランの大長編小説を解説!

たどり着いたパリ、そしてスイス(第5巻『広場の市』~第10巻『新しい日』)

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アンリ・マイヤー – Bibliothèque nationale de France, パブリック・ドメイン, リンクによる

第5巻『広場の市』でクリストフはパリへたどり着くことになりました。この大都会に迷い込んだドイツ人クリストフは、異国人としてフランス人(つまり作者ロマン・ロランの同国人)を観察していきます。その深く詳しい内容は作品を実際に読んでいただくとして、特筆すべきはこの作品におけるユダヤ人の扱いです。物語ではドレフュス事件も扱われています。

ドレフュス事件が起こったのは1894年。世界史の教科書で単語だけ見たこともあるのでは。この事件はヨーロッパ世界を大きく揺さぶりました。無実のアルフレド・ドレフュスがスパイ容疑で逮捕され、その明らかな冤罪をめぐって、ドレフュスを擁護したりフランス政府を批判した人が糾弾されたのです。この『ジャン・クリストフ』ではユダヤ人への言及が多く見られます。

ナチス・ドイツによるホロコーストで、ユダヤ人迫害の不当性や人種差別が非人道的行為であるということは世界の共通認識になりましたが、第一次世界大戦前は「ユダヤ人差別はふつう」という感じでした。フラットな意識で民族を超えて理解しあおうとするロマン・ロランの理想主義、平和主義的なやさしい視線を読み取ることができるのです。

一方、作中で描かれる歴史的事件は他にもあります。5月1日の労働者デモである「メーデー」に出席したクリストフ。その混乱の中で人を殺害しています。なりゆきでスイスへ亡命し、親友の死を知り、生きる意欲と創作への力を失ったジャン・クリストフ。彼を成功が待ち受けていますが……。ジャン・クリストフの姿を通して、思想や民族、国家が交錯するヨーロッパのリアルを読むことができるのです。『ジャン・クリストフ』自体が大きな歴史の記録とも言えるかもしれません。

『ジャン・クリストフ』の見どころは?

全10巻(日本の岩波文庫では全4冊)にも渡る大長編小説。未読の人が気になるのは「『ジャン・クリストフ』っておもしろい話なの?』というところでしょう。実際に読んだ筆者の感想としては、話自体はあんまりおもしろくありません!お世辞にもエキサイティングな小説ではないのです。しかしこの作品は人によっては痛いほど心に響くでしょう。

ロマン・ロラン自身「あらゆる国の悩み、闘い、それに打ち勝つ自由な魂たち」のためにこの小説を書いたといいます。1人の音楽家のサクセスストーリーを書くというよりも、1つ1つの出来事や精神を丁寧に描ききった小説は他に類を見ないのです。人生がそっくりそのまま小説に写し取られたような、圧巻の観察力と洞察力。いわゆる純文学の大河小説として、『ジャン・クリストフ』は非常に素晴らしい小説なのです。

また作者ロマン・ロランは音楽の素養にも恵まれていました。この『ジャン・クリストフ』を書く前に、彼はミケランジェロやベートーヴェンなどの伝記を手がけています。非常に見事な芸術家の感性でもって、芸術家の人生を描いた『ジャン・クリストフ』。まさに文学史に名を残すにふさわしい大河小説です。

1人の人間が生きた軌跡をガッツリ描いた長編小説

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世の中の文学や小説を純文学と大衆文学に分けるとしたら、『ジャン・クリストフ』は明らかに純文学です。芸術だからこそできる小説があります。芸術家が芸術家を書いた小説として、1人の人間が生まれた瞬間から死の時までを描いた作品として、『ジャン・クリストフ』は文句なしにスゴイ小説です。そこには生きた19世紀末、20世紀末のヨーロッパがありますよ。ぜひあなたも手にとってみてください!

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