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結核を抱えた過敏な神経が産んだ傑作!梶井基次郎『檸檬』を解説

解説!梶井基次郎『檸檬』がそこまでスゴイ理由

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モヤモヤした鬱屈、過敏になる神経、得体のしれないものにおさえつけられた心と体……。梶井基次郎の描く「私」は明治日本で生まれた知識人と呼ばれる、繊細な頭脳と感性を持つ人間の憂鬱の姿です。現代日本の私たちに対して、梶井の投じた「檸檬爆弾」は爽やかな爆発を残します。おさえつけてくる、なにもかも破壊してしまいたい。『檸檬』のあらすじをたどりましょう。

【あらすじ】梶井基次郎『檸檬』

 えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終おさえつけていた。焦躁しょうそうと言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとに宿酔ふつかよいがあるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。それが来たのだ。これはちょっといけなかった。結果した肺尖はいせんカタルや神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金などがいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ。以前私を喜ばせたどんな美しい音楽も、どんな美しい詩の一節も辛抱がならなくなった。

名文章として名高い『檸檬』の冒頭です。小説ではこの「焦燥と言おうか、嫌悪と言おうか」いう抑圧から逃れるように街をさまよう「私」の姿が描かれます。舞台は京都。借金を抱え友人の下宿を転々とする「私」の姿は、作者・梶井基次郎の投影です。

『檸檬』に物語らしい物語はありません。日本の伝統である私小説と、詩の要素が絶妙に絡まった作品なのです。この小説が真にすごい理由は、その卓越した文章描写の力にあります。その秘密はどんなものなのでしょうか?

文章だけで色彩や感覚の渦に呑み込む、圧巻の文章力

 その日私はいつになくその店で買物をした。というのはその店には珍しい檸檬れもんが出ていたのだ。檸檬などごくありふれている。がその店というのも見すぼらしくはないまでもただあたりまえの八百屋に過ぎなかったので、それまであまり見かけたことはなかった。いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあのたけの詰まった紡錘形の恰好かっこうも。――結局私はそれを一つだけ買うことにした。

すごいですね。梶井基次郎『檸檬』の一節です。ただの文字の羅列なのに感覚や情景まで浮かぶではありませんか。文章とは不思議なもので、「赤い」と書いても赤い色が伝わる訳ではありません。梶井基次郎は、感覚そのものを文章上において再現しきったのでした。圧巻の美文です。

『檸檬』にはどんでん返しのストーリーもトリックもありません。それでも人びとを魅了してやまないのは、この「感覚」を詩的な文章で描いた、敏感な感性の世界があまりにも見事だからでしょう。この詩情と技術力を谷崎潤一郎、小林秀雄ら文豪たちは高く評価しました。

梶井基次郎の文章の見事さは他の作家も真似できたものではありません。梶井基次郎は『山月記』の中島敦と並んで、日本でもっとも完成された文章を書く小説家とも言われています。

人によっては「あーあるある!」寝不足の神経衰弱

『檸檬』を読む上で見逃せないのは、感覚過敏、敏感になった神経の独特の感覚。この名作で描かれているのは、生活に困らないながらも心の虚しさをおぼえている、インテリジェンスのメランコリックです。象徴的に扱われる檸檬のほか、びいどろ、おはじき、香水瓶や煙管などの美しい小物。それらのつまらなくも美しい存在によって「私」は憂鬱な気分が吹っ飛ばないかと期待します。

「私」の中のえたいのしれない抑圧を吹き飛ばした、1つのレモン。作中で語られる「爆発」はもちろん妄想上のものでしょう。でも、爽やかなあの黄色で、ギスギスした現実を爆破してリセットできたら、どんなに痛快かわかりません。この感性は、梶井基次郎が結核によりある種の感覚過敏だったことと無関係ではないでしょう。

かく言う筆者が『檸檬』を初めて読んだのは、不眠症による長期の寝不足で頭がぼんやりしていた10代の頃のことでした。そしてこの作品の色彩の鮮やかさに胸がスッとしたものです。肺尖カタルに悩まされて発熱が続いているという、作中の語り手「私」。その感覚は作者・梶井基次郎の体験の延長だからこそ、切実に読者の私たちに迫ります。ぜひ徹夜明けのぼんやりした頭で読んでみてください。しみますよ。

憂鬱な気分を爆破してくれるのは……

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生前にたった1冊『檸檬』しか認められなかった梶井基次郎。しかし現代は教科書にも掲載され、多くの子供たちの日本語を育む国語の教材にまでなっています。作家として認められないあせり、病気による肉体の衰弱。あなたもぜひこの名文を一度、フルで味わってみてください。頭でっかちの象徴であるような書店。その丸善の書棚に置かれた果実、檸檬。この憂鬱をさわやかなレモンイエローが爆破してくれれば……。そんな小気味よいいたずら心と妄想は、あなたにどんな印象を与えるでしょうか。

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